そろそろ本番。
「あすか、MC頼むよ」と奈美。
「わかってる」とわたし。
「信頼してるから」と奈美。
「ありがと」とわたし。
「思いっきりやんなさい、あすかちゃん」
わたしの後ろで、おねーさんが言ってくれる。
「悔いを残さないように…ね」
「――悔いなんか残すわけないじゃないですか、おねーさん」
「お」
「きょうは、最強の援軍もいるんだし」
「わたしのこと?」
「そうです。おねーさんのキーボードです」
4人のバンドメンバーを見回す。
奈美、レイ、ちひろ、そしておねーさん。
ボルテージも上がり、わたしは言う。
「さあ、行こう!」
× × ×
「本日は、わたしたちの卒業記念ライブにお集まりいただき、まことにありがとうございます。
奇しくも、ホワイトデーの前日が、卒業記念ライブの当日になりました。
…待ってます、チョコの『お返し』。
…あ、いまのは、特定のだれかに向けて言ったわけではないですよ。
不特定多数的ななにかです。
え?
ちひろ、『わけがわからない』って言った!?
もうっ……ちひろの毒舌。
いいんだけど。
えっと、きょうは最初に、今回キーボードとして入ってくださるサポートメンバーのかたをご紹介したいと思います。
はい! 羽田愛さん!
わたしたちより学年が1個上の、『おねーさん』です!!
――え!?
『知ってるー!!』ってだれか言いましたか!?
気のせいだよねえ??
彼女の出身校とか通ってる大学とか、特定してませんよね、だれも!?
……なんか、この場で彼女にチョコレート渡しちゃいそうな勢いのひとなんかも居そうで、恐ろしいんですけど。
穏便にお願いしますよ。
こんなに美人だけど、怒らせるとコワいんだよ!? おねーさん。
お、『そうなのー?』という声が。
そうなんです!
ひとたまりもないんだからっ!!
……後ろからの、超美人な視線が痛いや。
……はい。温かな反応、ありがとうございます。
オーディエンスの皆さまが温かく笑ってくれて、感謝感激。
えー、奈美が急かしておりますし、あったまってきたところで、本日のお品書き。
フジファブリックをコピーしたいと思います。
最初、『銀河』って曲と『桜の季節』って曲を連続して演奏するんですけど。
ご存知のかたはご存知なように、発売当時、『銀河』は『冬盤』、『桜の季節』は『春盤』としてリリースされたわけです。
きょうの演奏順と、発売順は逆だけどね。
まぁ、『冬』の『銀河』から、『春』の『桜の季節』へと、連続して演奏することで、雪解けから春の訪れを、皆さんに実感してもらえるように……という意図がありまして。
冬から、春……っていう、季節の流れ。
まさに、卒業記念ライブにふさわしいと、思いません?
……あと。
ご存知のかたも多いように、『銀河』と『桜の季節』を作り、歌った、志村正彦さんは、もうこの世にいません。
だけど、音楽は残ってる。
……。
そのひとが生きた証……奏でた証、歌った証が、そのひとがいなくなったあとも、残り続けている。
そしてわたしたちは、残った音楽を、受け継いでいくのです。
――そろそろ始めましょう。
天国の志村さんに、
若者のすべてを。」
× × ×
「過去最長のMCだったよぉ、あすかー」
クールダウン中のわたしに奈美が言う。
「ごめんごめん、張り切りすぎた」
「もはや、演説だった」と奈美。
「ごめんって」
「ま、ああいうとこも……あすかの持ち味なのかもね」
「ホメてくれてるの!? 奈美」
「て、テンション高っ」
「ホメられて伸びるタイプだからわたし。奈美だって、そうでしょ」
「あすか。あとで愛さんに、存分にホメてもらうんだよ」とレイが言う。
向こうで、兄とやり取りしているおねーさん。
その様子を見つつレイが、
「……演りながら、鳥肌立っちゃった、愛さんのキーボード」
「でしょ? すごいんだよ、おねーさんは」
「リハーサルでも、一発で合わせてたし。あのときから、あたしはタダモノじゃないなーって思ってたよ」
「タダモノなわけないでしょ」と、わたしはレイに返す。
「そうだよね。ほんとうに、そうだ」
「ちひろも、おねーさんのキーボードに、鳥肌?」
「もちろん。それと、ほんとうにタダモノじゃないと思うのは……」
「……彼氏持ちなところ。」
「……そこですか。ちひろ」
「しかも、あすかのお兄さんなわけだ。あすかも当事者だ」
「いやいや、当事者ってなに」
「――あのふたり、いつ結婚するの?」
「ひ、ひ、飛躍しすぎだよ、ちひろ!!!」
「だってあすかは当事者なんじゃん」
「そういうところだよぉ……ちひろ」