ライブハウス。
ライブが終わって、反省会をしているのだが、
「あすかって、なんか、『変わった』よな」
と、おれが何気なく言った途端に、ビックリしたように、言われたあすかが大きく眼を見開いた。
どうしたんだ。
眼を見開き過ぎてないか?
「あ、あの、な、成清(なりきよ)くんっ……。『変わった』って、どういう……イミ」
控えめに訊くあすか。
「ギターの演奏ぶりが、変わった」
おれは答えて、さらに、
「良(い)いほうに変わってるってことだよ。去年までとは、ひと味もふた味も違う」
動揺のあすかは、
「なんで、そう思うの……?」
「なんで、と言われても」
おれは苦笑いで、
「レイやちひろだって、実感してるだろ?」
と、ベースのレイ&ドラムスのちひろに眼をやる。
リズム隊コンビのふたりは同時に頷く。
ほらな。
「あすかのギター、成長してるんだよ」
レイが言った。
「誇らなきゃ」
とも。
「そんなに、誇れるかな」
まだ動揺気味のあすかに、
「あれー? あすかって、そんなに弱気だったっけ??」
とレイは言い、
「もっと自信満々になったっていいのに。自信満々なほうが、あすかは映(は)えるよ」
レイに同意なので、おれは首を縦に振った。
「……」とあすかは無言。
今度はちひろが、
「無言になるなんて。ますますあすからしくなーい」
と言ったあとで、
「あすかのギターが様変わりしたの、絶対なにかキッカケがあったと思う」
と言い、イジワル気味な表情になってあすかの顔を眺めていく。
「んーっと、んーっと……」
あすかは、
「……とりあえず、ホメてくれてるのには、感謝。ありがとう」
と言うも、
「キッカケ云々は、ちょっと胸の奥にしまわせてほしいかな。ギターの成長は、実際の演奏で証明したいから」
「そんなに胸の奥で大事にしたい『キッカケ』なんだ~」
「レイっ!! 急に近寄ってこないでよっ」
テンパるあすかと対照的な落ち着きぶりで、
「あ。あすかが急激に強気になった」
とレイは。
× × ×
駅が同じなので、同じ道をおれとレイは歩く。
並んで歩きながら、
「バンド名を改名する話は進めなくてもいいんか」
と訊くおれ。
「んーーっ」
夜空を見ながら、
「なんだかんだで、『ソリッドオーシャン』って名前にも愛着があって。4年以上もこの名前で通してるんだから」
と言うレイ。
それから、
「成清にはいい案があるの?」
「新しいバンド名か?」
「そう」
「……『オーシャンアロウズ』とか」
「ダサっ」
「お、おいっ!!」
「成清に案を求めたあたしがバカだった」
微妙な気分になってしまうおれ。
赤信号。横断歩道の前で立ち止まる。
レイがおれに視線を寄せてきている気配を感じた。
青信号。
歩き出したあとで、レイのほうに少し顔を向けて、
「なんだよ。おれのネーミングセンスをさらに罵倒したいってか??」
「違うよ」
「違うんなら――」
「あすかのこと、よく見えてたんだね」
「――反省会のときのこと、か?」
「『成清の観察眼もナメちゃいけないよね』って思った」
レイの歩く速度がスローになる。
「あれだけあすかのことがよく見えてるのなら」
と言ってから、
「あたしやちひろのことも、同じぐらい、よく見えてるんだと思う」
「『観察眼』、か」
「そだよ」
レイが白い息を吐く。
「成清。ぶっちゃけどーよ? あたしのベース」
「んっ」
「なによその相づち。ダサい」
「んなっ……。」
「1ヶ月前と比べて、今日のライブのあたしのベースはどうだった? 良くなってた? 悪くなってた? 変わんなかった?」
2人とも立ち止まっていた。
おれは困った。
良くなったか。悪くなったか。変わってなかったか。
ハッキリと断定できる勇気が、出ねぇ。
レイがおれを凝視している。
答えてやらないと、腕をつねってくるかもしれない。……そんな勢い。
苦し紛れに、おれは、
「悪くなってはなかったから……そこは、安心していい」
と答える。
こう答えたのがマズかった。
「バカじゃないのあんた。期待外れの中の期待外れ」
一気に怒り出したレイは、
「『安心していい』って言ったけど、逆に安心できなくなっちゃった。あんたのせいだよ!? 失言レベルMAX」
トゲトゲしい口調で、
「『見えてない』んじゃん。あすかのことは、あんなによく『見えてた』のに……!!」
× × ×
同じ改札。
同時にICカードをタッチした。
……ただし、互いに眼を背けたまま。