むくりと起きた。
よし。
快調。
ベッドから出て、勉強机の前に座る。
『PADDLE(パドル)』のバックナンバーを読み始める。
美術に造詣の深い結崎(ゆいざき)さんが、クロード・モネに関する文章を書いている。
結崎さんが博識なのは否定できない。
大学の講義に出席したらもっと博識になれるのに……って、わたしは思うんですけどね。
クロード・モネ……。
『睡蓮(すいれん)』。
印象派。
うーーむっ。
なんだかわたし、芸術を鑑賞したくなってきちゃった。
× × ×
「ミヤジ。今度、美術館に行こうよ」
ミヤジのマンションのお部屋。ミヤジのベッドに腰掛けて、わたしは言う。
あらかじめ彼のお部屋に持ち込んでおいた某サンリオキャラクターのぬいぐるみを、抱きしめつつ。
わたしに背を向け、机に向かいながら、
「美術館か? ――僕、絵は全然詳しくないが」
とミヤジ。
「詳しくないならなおさら、勉強のために行ってみるのがいいんじゃん」
そう言って、
「あと、こっち向いて喋ってよね?」
と付け足す。
某音楽雑誌の別冊を読んでいた彼は、大人しく向きを転換させて、
「美術館っていっても、いっぱいあると思うが」
「そうだね。いっぱいあるよね」
「候補は?」
「これから絞るよ」
「おいおい」
「美術館が億劫なら、博物館でもいいんだけどさ」
「び、美術館と博物館は、違うだろ」
「……」
「あすか??」
「――ミヤジくん。」
「えっ」
「もういくつ寝ると、4月で、新年度でしょ」
「あ、ああ……そうだが」
「わたしはね、年度が替わる前に、あんたと最低2回デートがしたいんだよ」
「お……おう」
「引きこもるとカラダに毒だよ」
「まあ、なぁ……」
「桜も咲くし」
「そうだな、たしかに」
「ちょっとちょっとミヤジ」
「な……なに」
「視線が、ユラユラしてない??」
「へ!?」
「ピントがずれてるよ」
「それ……どういう意味」
「わたしのほうをちゃんと向いてくださいよ~」
かえって視線が逸れてしまうミヤジくん。
良くない。
「わたしはあんたのカノジョなんだよ?? 直視できないなんて、ちょーっとありえないなー」
わたしは、下心でもって、
「顔じゃなくっていいの。胸でも脚でもいいから、わたしに目線を寄せてきてよ」
……ミヤジくん、ますます視線が逸れ、窓際を見てしまう。
逆効果だったか。
ちえっ。
× × ×
「わたし、ミヤジに対して、突拍子もないこと言い過ぎなのかなあ??
ミヤジには、萎縮してほしくないんだけど……。
これから、いろんな場所に行って、いろんな楽しいことがしたいのに」
『そりゃ、どういうヒトリゴトだー?? 妹よ』
「ウワアアアアアアアッお兄ちゃん」
わたしは絶叫した。
兄は驚いた。
わたしも衝撃を受けている。
ここ、あまり使われていないスペースだし、ヒトリゴトを呟いても、だれかに聞かれる可能性は低いはずだった、のに。
「あすかぁ。もうすっかり夜なんだぜ? そんな大声出さんくても良かろう?」
夕食後なのであった。
しかも夕食が終わってから3時間近く経っていた。
もうすっかり夜だという兄の指摘は正しい。
……疑問は、
「なんで、こんな場所に来たの? お兄ちゃん」
「来たものは、来たんだよ」
意味わかんないよ。
「意味わかんないよ。お邸(やしき)屈指のマイナー空間じゃん、ここは」
「そーかぁ??」
「も、目的があったから、こんなマイナー空間まで足を運んだんでしょ」
ハハッ……と兄は笑う。
なにがおかしいのかな。
「お兄ちゃん。ウザい笑いは、警告」
「警告かー」
「ニヤつかないで」
「承知」
「……」
「あのさ、あすか」
「??」
「おれの専用のダンベルを、ここに置きっぱなしにしてたんだよ」
はい!?
ダンベル!?
ますます意味がわかんなくない!?
「……。
……。
お兄ちゃんは。
お兄ちゃんは、こんな場所で、ダンベルトレーニングをしてたんだね」
「おうよ」
「節操がないよね」
「――微妙なニュアンスの罵倒が得意だよな、おまえって」
「ニュアンスってなに」