読んでいた本を閉じ、
「きょうはもう帰ります」
と言う。
言われた結崎(ゆいざき)さんは、
「えっ。早くないか。まだ17時にもなってないじゃないか」
と。
それに対してわたしは、
「友だちと会うんですよ。
少し早めの夕ごはんを、いっしょに食べるんです」
と言う。
「友だちって……女(おんな)友だち?」
「ハイ」
「…そうか」
なにが「…そうか」なんだろう。
本当にもう、この人はっ。
結崎さんが冴えないので、揺さぶってみたくなって、
「結崎さんには、同性の友だちはいないんですか?? ――男(おとこ)友だち」
と訊く。
押し黙る結崎さん。
これは。
つまり。
「――いらっしゃらないんですねえ」
軽く舌打ちの結崎さん。
「可哀想になってきちゃう、結崎さんのこと」
また舌打ち。
…あんまり舌打ちばっかしてると、ますます陰キャになっちゃいますよ。
ね?? 結崎さぁん。
× × ×
結崎さんは明らか陰キャ属性だけど。
近頃のわたしは、真逆だな。
リア充だ。
リアルな充実感が、日(ひ)ごとに――。
えへへ。
さて、わたしが会う女友だちは、だれなのかといいますと。
× × ×
小野田さんが向かいの席に座っている。
某所の某マクドナルド。
小野田さんはベーコンレタスバーガーを注文し、わたしは「炙り醤油風 ダブル肉厚ビーフ」を注文した。
「フンパツしたね、あすかさん」
「まーね」
「そんな高級なバーガーを選ぶなんて、さすがはお嬢さま」
「またまたぁ」
「だってホントにお嬢さまでしょ? あすかさんの実家、あの辺りでは有名な豪邸で――」
「そんなことないよ」
「あると思うけど」
「小野田さん」
「?」
「話をぶった斬(ぎ)って悪いけど」
「…?」
「食べよーよ」
「…ああ、はいはい」
× × ×
で、食べた。
わたしは、右腕で軽く頬杖をついて、
「小野田さん、いつものテンションとは、ちょっと違うよね。
入試が迫ってきてるから、緊張感でテンション硬(かた)くなってる?」
「タハハ」
苦笑いで、
「テンションが高(タカ)いんじゃなくて、硬(カタ)い、か」
と小野田さん。
「あのね、二度目の入試だから、プレッシャーが去年よりもあって」
だからかー。
つらいね、浪人生。
「つらいねえ。
でも、現在(いま)は、チカラを抜いてほしいかな。
せっかくの機会なんだから」
「…そうだね。貴重だよ、あすかさんと『サシ』で話せるなんて」
「でしょ?
この場が、小野田さんにとっての息抜きになってほしい」
「ありがと、あすかさん」
眼を細くして、彼女は壁に背中をくっつけた。
…さてさて。
この隙(スキ)を、つくがごとく。
「…ねえねえ」
「? どしたの、あすかさん」
「わたしがミヤジとカノジョカレシ的な関係になったのは、教えたよね」
「う、うん。ちょっとビックリしたけど」
「わたしはミヤジとつきあい始めた。
今は保留になってるけど、徳山さんの浪人が終わったら、徳山さんと濱野くんも、晴れてカノジョカレシになる」
「……どういうこと言いたいの、あすかさんは??」
「居ないのかなあ、って」
「しゅ、主語を……」
「主語?
『好きな人』が、居ないのかなあ、ってこと。」
「だ、だ、だれに」
お返事の代わりに。
わたしは、小野田さんの顔を…ジックリジックリと眺める。
わたしの意図に気づいて、小野田さんのほっぺたの温度が上がっていく。
あらまあ。
小野田さんらしからぬ狼狽(ろうばい)ぶりでありますこと。
「――踏み込んじゃったか、わたし。」
そう言ったら、彼女は上着をパタパタさせるという意味深な仕草をして、それから、
「ちょ、ちょ、ちょーーーっと、答えにくいかな、って」
ふふふ。
ふふふふーん。
「あててあげよーか」
「え?! あてるって、なに?! あてるって、なにかなあ?!?! あすかさん」
……テンパり過ぎでしょ。
可愛いから、オールOKだけども。