【愛の◯◯】新歓の季節、桜の季節、それからそれから……。

 

4月初めは新入生勧誘の季節!

ということで、新歓ブースで『PADDLE(パドル)』を売り捌(さば)いていたわたし。

結崎(ゆいざき)さんに担当させるわけにはいかなかった。

『PADDLE』の売り上げが半減しちゃう。

 

で、今は「編集室」に戻ってきたところ。

おびただしいエナジードリンクが置かれたデスクの前に座り、わたしに背を向けたまま、

「ご苦労さま。売れ行きはどうだっただろうか?」

と結崎さんが訊いてくる。

後頭部しか見えない彼に向かって、

「ずいぶん捌けましたよー。結崎さんがブースに座ってたら、こうは行かなかった」

結崎さんの後頭部が沈黙する。

「明日も明後日も、結崎さんはブースに行かせませんから」

デスクの右側にあるエナジードリンクの空き缶に手を伸ばし、ぐしゃり、と潰してしまう結崎さん。

動じること無く、

「結崎さんは『PADDLE』の編集に専念してればいいんですよ。

 ……あ。雑誌編集以上に大事なこと、ありましたよね。

 学業だ、学業。

 8年生が終わるまでに卒業しなきゃいけないんだから、人一倍学業を頑張らないと……ね」

にわかに結崎さんがこちらを向いてきて、

「そうだ。学業があった」

いや、「あった」じゃないですからぁ。

「あすかさん。今日はもう解散にしよう」

え、なんで。

「教科書を買いに行かねばならんのだ」

!?

わたしはこの春ナンバーワンの驚愕に包まれ、

「結崎さんが自分から、学業にそんなに積極的に!?」

「なぜそんなに驚いてるんだ。きみだって『学業がいちばん大事だ』って言ったじゃないか?」

 

× × ×

 

結崎さんの「変化」に慄(おのの)きつつも、ミヤジのマンションにたどり着いて、部屋にこもっていたミヤジとお喋りを始めた。

わたしの彼氏は、

「学業に前向きになったのなら、ホメてあげたらいいじゃないか」

と結崎さんに関して言う。

妥当な意見だ。

でも、

「突然あんなことを言われたから、びっくりしちゃって、その場ではなにも言えなかったんだよ」

「ふうん」

あらかじめ彼氏の部屋に持ち込んでいた「シナモン」と「みるく」のぬいぐるみを抱きとめながら、

「まだ、戸惑ってるの……。」

と気持ちを明かす。

だけど、結崎さんに対するお気持ち云々は、これぐらいにしたくって、

「……ところでさ。ミヤジ」

「なんだどーした? あすか」

「今から」

「今から、なに」

「桜」

「桜?」

「桜を……観に行かない?? グズグズしてたら、あっという間に散っちゃうし」

「ああ……それもそうか」

立ち上がって、シナモンのぬいぐるみをミヤジに渡し、

「桜だけじゃなくて……。雲雀(ひばり)とか、燕(つばめ)とか、春の季語になってるよね。そういった鳥を、あんたなら見つけてくれると思って」

「春の鳥は、他にもいっぱいあるが」

「わかってる」

「あすか」

「なーに」

「おまえが鳥に関心を持つようになって、僕は嬉しい」

思わずミヤジを見つめてしまうわたし。

シナモンに続けて、みるくのぬいぐるみもミヤジに渡す。

それから、彼の背中に腕を回す。

それからそれから、彼を椅子から立ち上がらせて、シナモンとみるくのぬいぐるみごと、抱きしめる。

「わたしも、ミヤジが『嬉しい』って言ってくれて、嬉しい」

「そうか」

「行ってくれるよね? お外に」

「確認する必要も無い。行くに決まってるじゃないか」

胸に頬ずりしながら、

「嬉しい。嬉しい嬉しい」

「なぜ、同じコトバをそんなに繰り返す」

「あのね」

「……」

「あんたとイチャつくと、語彙(ごい)が極端に減っちゃうみたいなの。許してね」

「……許すが」