起床して、デジタル時計を見る。
いつもより10分遅れの起床だった。
まあ、春休みだし、許容範囲よね。
カーテンを開ける。
朝陽(あさひ)が清々(すがすが)しく、空気もなんだか清々しい。
鏡台(きょうだい)に向かう。
ヘアブラシを持つ。
今日は午前中、模型店でのアルバイト。
生意気な男子小学生にナメられないような身だしなみで、行かなければならない……。
× × ×
春休みの学校も増え始め、お店のミニ四駆サーキットは男子小学生で賑わっていた。
子供だけでなく大人も来店してくる。
『◯産機エヴァン◯リオンのプラモって置いてる?』と訊いてきた大人の男性もいた。
◯ヴァ量産機プラモに関する問い合わせへのわたしの対処が、あまりにも迅速かつ適切だったからか――その男性(ひと)は途中から眼を丸くしっぱなしだった。
× × ×
くたびれるのは、大人のマニアックな人々の問い合わせへの対応にではなく、生意気男子小学生への対応にだ。
ミニ四駆のほんの些細(ささい)な異変で、わたしに声をかけてくるんだもの。
厄介なこと。
わたしはわたしの邸(いえ)に帰る。
シャワーを浴び、新しい服を着る。
階下(した)のダイニング・キッチンに行って、パスタを茹でるための大鍋などを準備する。
× × ×
「美味しいよこれ。アカ子」
邸(いえ)にやって来たハルくんが言ってくれる。
素直に、
「ありがとう」
と向かい側の彼に言う。
「パスタだけで大満足だ。お腹いっぱいだ」
「ほんとう?」
「ほんとだよ。だから――」
「えっ、なによ」
「このガーリックバゲットは、きみにあげるよ」
それって。
「おすそ分け……ってこと?」
「そ」
「……そんなガーリックバゲットぐらい、食べ切れるでしょう?」
「だってさあ。おれは大満足だけど、きみはパスタだけじゃあ満ち足りないだろ?? きっと」
そ、それって……。
「……ハルくん。
あなたって、人の弱点を突くっていう特技があるわけ」
「?」
「大食い属性っていう、わたしの弱みを突っついて……」
「なーに言ってんだか」
余裕の表情でわたしの彼氏は、
「大食いはウィークポイントじゃないよ。
大食いは、アカ子、きみのチャームポイントだよ」
× × ×
「ハルくん。わたし、お昼寝がしたくなってきたんだけれど」
昼食を片付けたあと、わたしの部屋に移ったわたしと彼だったのだが、
「この睡気(ねむけ)は、あなたの責任よ」
と、わたしは彼に不満を表明してしまう。
「ガーリックバゲットを5個も食べたら、さすがに睡(ねむ)くなっちゃうじゃないのよ……」
と、グチグチと。
依然として余裕モードのハルくんは、
「どこで寝るの?」
んっ……。
「――ま、どこで寝るっつったって、そこのベッド以外に選択肢無いか」
迂闊(うかつ)だったわ。
こういう状況でわたしひとりベッドでお昼寝って、無防備にも程があるじゃないの。
なにが無防備なのかは、放送コード(?)に引っかかるから、説明しないけれど。
でも、たしかに無防備だけれど、わたしはただ、彼氏と空間を共有しているだけであって……。
ハルくんは、こういったシチュエーションでは大人しいほうだって、経験と実感でわかっているから……。
こんがらかってきちゃった。
「……。
は、ハルくんっ」
「んん」
「やっぱり、お昼寝は、しないわ」
「お、急転直下」
「感心しないことばっかり言うわね、ホント。あなたって」
「たとえば?」
「『急転直下』とかよ」
「えーっ、そうかなあ」
「別の意味で感心しないのは、」
「なにかな」
「現在(いま)、あなたが、椅子の上で体育座りになってること」
「NGなの!? この体勢」
「たったいま、NGになったから」
「きびしいねえ」
「わたしがあなたに厳しくないと思うの?!」
「ああー」
ホントにもう……。
ばかっ。
溜め息をつきたくなってきた。
すると、ハルくんが軽やかに椅子から立ち上がった。
ベッドに歩み寄る。
そして、わたしの右隣に腰掛ける。
「きみの厳しさも、こうやって寄り添えば、中和されるかな?」
意味がわからないんですけれどっ。
だけど……。
意味不明瞭な彼も、まるごと好きだから。
だから……結局のところ、わたしは彼の左肩に引っついていく。