茶々乃(ささの)ちゃんも八木さんも、急に都合が悪くなって来られなくなるなんてね。
ついてないや。
「――で、戸部くん以外、わたしを見送るメンバーがだれもいなくなっちゃいました、と」
向かいの席の戸部くんに言う。
東京駅の中の喫茶店。
新幹線の発車時刻はまだ先だから、暇をつぶしているというわけだ。
それにしても。
「戸部くん。あなたとふたりきりで喫茶店で過ごすなんて、たぶん最初で最後よね」
戸部くんの眉間にシワが寄る。
想定内。
「アンラッキーってか、星崎よ」
「べ・つ・に」
「けっ」
スネてしまってスネ夫くん状態になる戸部くん。
わたしは、喫茶店の外の道行く人を眺める。
それから右腕で頬杖をつき、戸部くんに向き直り、
「喫茶店といえば。あなた、4月からは喫茶店の従業員なわけなのよね」
「それがどーかしたか」
「どーもしない」
「こ、コラッ」
叱るというよりも、呆れている感じだ。
定番の彼のリアクションだった。
4年前から変わらない。
そんなリアクション。
そんな……リアクション……。
「お、お、おい。どうした星崎!? なんかおかしいぞ」
おかしくない。
だけど、おかしく見えるのも、無理ないのかもしれない。
名残惜しい。
大学での4年間が短く思えてくる。
未練を垂らしてどうするの、って話ではある。
だけどだけど。
東京で戸部くんとダベることができるのも……これで最後だと思うと。
「おかしくないわよ」
はぐらかして、
「わたしお昼ごはんのサンドイッチ買いたい」
と言って、自分のトレーに手を伸ばし、
「出ようよ」
と告げて、それから、
「サンドイッチ選ぶの、手伝って」
× × ×
「長い時間考えてた割りには、無難なサンドイッチを選んだな」
「……バカじゃないの」
「ぬなっ」
「……ごめん。言い過ぎだった。戸部くんは、バカではない」
「て、手のひら返し、速すぎるだろっ」
「速くもなる」
「なぜ……??」
わたしは彼に対し、微笑み顔を創(つく)ってあげる。
そして、東海道新幹線ホームの方角に振り向いて、足をふたたび動かす。
歩きながら、
「愛ちゃんとふたり暮らしするの、いつから?」
と訊く。
「来週。」
と答えられる。
「愛ちゃん泣かせちゃダメよ」
と言う。
「な、泣かせるかよっ」
と言われる。
「あなたたち、よくケンカするじゃないの」
と言う。
「仲直りの方法ぐらい……知ってるから」
と言われる。
頼りない。
「あなたたちカップルの様子が間近で見られなくなるのが、心配」
「――間近で見られなくなる、っつっても」
「え?」
「名古屋と東京、近いっちゃ近いんだし」
「なにが言いたいの」
「おまえとの距離は、これからも変わらないって思うし。腐れ縁も、ずっと続いていくって思うし」
『ずっと』続いていく……と戸部くんは言った。
言われた弾みで……わたしは立ち止まってしまう。
「おいおーい、なんで立ち止まるか」
狼狽(うろた)えを隠したくて、
「急ごうよ、戸部くんっ」
と足を速める。
× × ×
ホームにて。
「じゃ、元気でな、星崎」
「……」
「返事は」
「……」
「無言だと困るのは、おれなんだが」
「わ、わたしにゲンキがなくなるわけ、ないでしょっ」
「いやどういうお返事だよ、それ」
× × ×
こだまグリーン車の座席。
隣に乗客は居ない。
戸部くんが「無難」とか言ったサンドイッチの箱をテーブルに置く。
こだまがゆっくりと動き始める。
西に向かって動き始めるから、もう引き返せはしない。
すでに……目頭は、ジーンとなっていた。
悔しくて仕方がない。
こんなことで感極まるなんて、わたしらしく無さすぎる。
コントロールできない感慨深さと悔しさがミックスされ、眼に涙が溜まっていく。
サンドイッチの箱のフタに、ポタポタ涙が落ちていく。
なんでなの。
なにも、わかんない。
ほんとうになんにもわかんないよ。
腐れ縁ってだけなはずなのに。
そこからわたしと戸部くんの関係性は1ミリもはみ出ないって決まり切ってるのに。
……そう。
大学の英米文学科で4年間一緒だっただけ。
顔を合わせる機会はすごく多かったけど、異性として彼を認識したことは1回も無かった。
恋愛感情ゼロだった。
ゼロだったし、これからもゼロであり続けていく。
それは、揺るぎない事実、なのに。
涙が溢れる。
サンドイッチの箱のフタが、水浸しになっちゃいそうな勢いで。
高校・大学の7年間で、わたしは5回失恋をした。
どの失恋よりも、この『別れ』のほうが、痛くて、つらい。
わたしの前を通り過ぎていった5人。
その、だれよりも……。
戸部アツマくんっていうオトコ友達と離れ離れになる悲しさのほうが。
わたしのココロを……グシャグシャにしてくるのだ。