【愛の◯◯】帰京の星崎姫と

 

昼少し前の東京駅。

改札の向こうの星崎姫(ほしざき ひめ)が視界に入ってくる。

大仰なリボンを頭部に付けているので、判りやすかった。

まさに『姫ちゃんのリボン』だなあ。

 

「――なんかヘラヘラした顔になってない?? 戸部くん」

「すまんな」

「わたしのリボンになにかついてる??」

「なーにも」

「……バカにしたような雰囲気を醸し出さないでよね」

「星崎」

「なによ」

「おもれーな、おまえ。相変わらず」

「ま、ますます『バカにしないで』って言いたくなっちゃうじゃない」

 

× × ×

 

「昼飯食うんだろ。サンドイッチとかが良かったんじゃないか、おまえ」

「……どうしてそう思うの?」

「春先の名古屋行きのときにおまえが『こだま』に持ち込んだの、サンドイッチだっただろ?」

星崎が眼を逸らして後ずさりした。

なんでやねん。

「なんでやねん星崎ぃ。オーバーリアクションやめてくれやー」

「……ほんのりと関西弁なのは、なぜ。不可解」

「サンドイッチ以外が良さそうだな」

星崎は溜め息をついてから、

「そうね。サンドイッチとかパンとかの気分じゃない。ご飯ものとかのほうがいい」

 

× × ×

 

で、近場で見つけた蕎麦屋に入って、昼飯を食べた。

おれはざる蕎麦大盛りを食べ、星崎は上天丼を食べた。

『ウチの愛ちゃんはお蕎麦に目が無くってな』と、愛の蕎麦好きにまつわる情報を伝えようとしたのだが、あっさりと星崎に遮られる。

 

× × ×

 

そして、東京駅八重洲口からやや離れたところのカフェに移動した。

運ばれてきたブレンドコーヒーをひと口飲むなり、

「『ふたり暮らし』はどうなのよ」

と、切り込んでくる星崎。

「うまく行ってる!? 愛ちゃんと」

「非常にうまく行っている」

「夫婦喧嘩とかは――」

「あるといえばある」

「ダメじゃないの」

「丸く収まるからさ」

「イマイチ信用できない」

「ケンカしても、触れ合ったら、元に戻る」

「ふ、触れ合うっ!?」

星崎はあたりを見回して、いささか小声で、

「『スキンシップがいちばんの解決法だ』……みたいなこと、言いたいの」

「大声で言うのは憚られるがな。おまえの理解が早くて助かるよ」

「あなたたちの生活に興味を示しすぎるんじゃなかった……後悔」

おーおー。

「星崎にひとつアドバイスだ」

「なによ、『後悔の数を増やすな』とか?」

「なんで今日のおまえはそんなに理解が早いかなあ。まるで東海道新幹線のようなスピードだ」

「ふざけてるの」

星崎の大仰なリボンが震えて見えるが、

「おれのおフザケが過剰だったのなら、謝る」

と、とりあえず言っておく。

「――これで社会人なんだもんね。やっぱり呆れちゃう」と星崎。

「なにを言う。社会人1年目はお互い様だろーが」とおれ。

特に返答することもなく、ブレンドコーヒーをぐい、とあおる星崎。

とんっ、とカップを置いて、それから、

「あのね戸部くん。あなたとこうしてここに居るのには、ちゃんとした目的があるのよ」

「わかってるよ。把握してる、おまえの目的ぐらい」

「――まあ、『彼女』とは、サークル仲間だったんだものね」

「八木八重子な」

「……うん」

「OBの立場になっても、『MINT JAMS』の様子はどんどん伝わって来てるから」

「ということは、鳴海さんが『9月卒業』するってことも、とっくに把握を」

「してるに決まってる。鳴海さんは直接おれに打ち明けてくれたよ。すごく真摯に話してくれた」

「だったら――」

「わかってるって。八木の、ケアだな」

「うん。八木さん、鳴海さんに完全に惚れ抜いてたから……」

「星崎、おまえはこれから八木に会いに行くんだろう?」

「行くよ。なぐさめてあげるために」

「飲むんか?」

「飲む」

「酒とともに親友を癒やす……か」

「悪いことじゃないでしょ」

「おまえは呑兵衛(のんべえ)だからなー」

「下品ね。女子に向かって呑兵衛だなんて」

「あのな? 星崎」

「なによっ。あまり突然話題を換えようとしないで」

「ウチの愛の中高生時代の同級生に、アカ子さんという娘(こ)がいる」

「アカ子ちゃんが、どうかしたわけ」

「おまえ、彼女がハタチの誕生日を迎えてから、一緒に酒を飲んだことは?」

「あっ――、そういえば、そんな機会、なかった――」

「彼女は、スゴいんだぜ?」

「スゴい?? スゴいって、なにが……。

 あっ。

 も、もしや、あの子って、アカ子ちゃんって、血筋的に……!

 きっと。

 わたしの『耐性』に負けないぐらい、『耐性』が……!!」

 

どーだ。

驚いたか、星崎~。