講義が終わった。
さぁ教場を出よう、と思っていたら、星崎姫が、するりするりと、おれの席に近寄ってきて、
「ねーねーっ、戸部くんっ」
「……なんだよ」
「このあと、『MINT JAMS』、行くんでしょ?」
「……なぜわかった」
「わかるに決まってるでしょ、戸部くんの行動パターンぐらい」
…サラッと怖いことを言うな。
「わたしもいっしょに行く、『MINT JAMS』」
「ついて来るってか。ヒマじゃないんじゃなかったのか? おまえ」
「ヒマじゃないわよ。でも、90分間学生会館で過ごせるぐらいの時間の『ゆとり』は、ある」
「――星崎は、そういうところが、いけ好かねぇ」
「いけ好かない!?!? そういうところって、どういうところよ!??! ハッキリさせてよ」
「――こんな場所で絶叫すんな。みんな驚くし、要らん誤解も招く」
× × ×
学生会館への道中。
「もーちょっと大人しくできんのか。公衆の面前でキャンキャンわめいたりとか…親御さんが泣くぞ」
「…泣くわけないでしょ」
「慎みを持て。ハタチなんだから」
「わたしは21よ。ハタチなのは、戸部くんのほーでしょ」
「……そういえばそうだった。すまん。お詫びして訂正する」
「……どうして、素直?」
「おまえよりは確実に素直なのさ、おれは」
「……調子狂っちゃう」
星崎の頭部をちらり、と眺めやって、
「なあ。星崎よ」
「?」
「おまえ――」
「な、なによっ」
「――いつもより、リボンが大きいな」
「は!?」
「デカいリボンが、目立ってる」
「め……目立ってるから、なんなのっ」
「……」
「な、なんとかいってよ」
「…いや、巨大なリボンでもって、目立ちたいのかなー、と思って」
「目立ちたいなんて、思ってない。妄想癖? 戸部くん」
「なーにが妄想癖じゃっ」
「あらぬことを考えてるじゃないの」
「そうかあ……そう見えるかあ」
「リボンに眼が行くなんて……悪趣味」
「それは、悪かった……今後は、おまえのリボンについてとやかく言わんことにする」
星崎、半信半疑の顔。
× × ×
おれがサークル部屋のロックを解除した瞬間に、デカリボン星崎は室内に突進していく。
ゆっくりと、PCのそばの椅子に腰掛けるおれ。
デカリボン星崎は真向かいの椅子に陣取っている。
互いに見合った状態。
「さて――、なにすっかな」
星崎のデカリボンがピクン、と反応して、
「とりあえず、BGMでしょ。音楽鑑賞サークルなんだし」
「ああ。そうだそうだ」
おれは、PCを立ち上げ、
「どんなBGMがいいかなぁ」
「――戸部くんは、いま、どんなジャンルが聴きたい気分?」
「ジャンル? ――海外ロックとか」
「漠然ね。もっと具体的にしてよ」
「う~ん、
ブリティッシュ・クラシック・ロック」
「……ビートルズとか?」
「そうだな。ほかには、キンクスだったりザ・フーだったり、初期のストーンズだったり」
「……わたしの気分に合わないわね」
「合わない? ビートルズが、嫌いだとか??」
「嫌いじゃないわよ。好きよ。好きなほう、だけど……いまの気分には、合わないの」
「だったら、おまえの聴きたい音楽を、言ってくれ」
「……80年代洋楽ポップス。売れ線っぽいやつ。MTVでいっぱい流れてたような曲」
「なるへそ。
――今回は、おまえのお望みに、応えてやるかな」
「わたしのリクエスト、採用?」
「採用」
× × ×
星崎のリクエストにぴったりなBGMを、流してやる。
「――わかってるじゃないの、戸部くん」
「3年間音楽鑑賞サークルで過ごしてきたんだ。ナメてもらっちゃあ、困る」
リズムをとる星崎。
オレンジ色のデカリボンが、ふるふると揺れている。
……。
おれは、テーブルに肘を突くのをやめて、
「なあ」
と真面目な口調で、星崎に呼びかける。
オレンジ色のデカリボンの揺れが、ピタッと止まる。
「少し前にも、おまえにハッパをかけられたりしたが……」
「……なんのこと?」
「なんだあ、ハッパかけた本人が、憶えてねーのかよ」
「……。
もしかして……就活のこと、考えたりしてる? 戸部くん」
「就活のことで、ハッパかけられたんだしな。……大学3年の12月も、折り返しになる。刻々(こっこく)とカウントダウンは、始まってるというわけだ」
デカリボンではなく、眼を、まっすぐに見て――、
「意識の低いおれからの、意識の高いおまえへの、お願いだ」
「お…お願いって……?」
「頼む。
エントリーシートの書きかたを、教えてくれ」
――星崎は悩ましい顔になって、
「お……教えるんだったら、教えるんだったら、ここじゃない場所がいい」
「なんで、ここじゃダメなんだ?」
「……いま、ふたりきりだし」
「3人以上になったら、ここで教えてくれるのもオッケーになるんか?」
「……だれが来るかによる」
そのとき、ちょうどよく、ノック音が聞こえてきた。
「――ムラサキが、来たな」
「えっ。どうしてわかるの、ムラサキくんだって」
「あいつ、会員で定着してるんだから、わざわざノックせずに入ってくればいいのに、ノックする癖が直らないんだよ」
ムラサキの入室。
「さて。ふたりきりじゃなくなったぞ。――教えてくれるか? ここで。星崎よ」
悩ましい表情のまま、星崎は、
「……ムラサキくんに、コンビニで飲みものとお菓子を買ってきてもらってから、教える」
「……ムラサキをパシらせるのが条件なのかよ。エグいな、おまえ」