【愛の◯◯】姫ちゃんのストレートパンチ

 

「ずいぶんと情熱的な音楽ですね。ラテン系ですか?」

ムラサキが訊いてきたので、

「ああ。これは、『サルサ』だ」

とおれは答える。

サルサ、かぁ。――どこの国の音楽なんですか?」

 

んーっと、

んーっと、

 

「……ラテンアメリカだよ。」

答えに窮(きゅう)したおれは、

答えになってない答えを言ってしまう。

 

「ダメじゃないの戸部くん。ムラサキくんにちゃんと答えてあげないと」

きょうもサークル部屋に紛れ込んできた星崎が、容赦なくおれをたしなめてくる。

「なんだよ、星崎は説明できるのかよ」

「かじっただけの知識だけど――」

 

ムラサキとおれに、サルサを解説する星崎。

 

「おー」

「…これくらい言えるようになるべきだよ、戸部くん」

「星崎が、初めてかしこく見えた…」

「初めてってなによっ!? 怒るよ!?!?」

そんなに気色(けしき)ばまなくても……。

「戸部くんは、最低限WEBで調べるとか、そんなこともやらないの? Googleっていう文明の利器があるでしょっ」

「う」

「そのリアクションなに」

「…『サルサ』でググっときゃよかった」

星崎は完全に呆れて、

Wikipediaの文章すらも、ちゃんと読まないみたいね」

「ごめんなさい」

「どうせ、いま流れてるサルサも――」

「はい、Spotifyのプレイリスト、丸流しです」

とても大きなため息を星崎がついた。

 

「――まるで成長していない」

「『スラムダンク』のセリフをそのままパクるのって、なんだか流行ってるよな」

「なにを言ってるの戸部くん」

呆れと失望の入り混じる星崎は、ムラサキに眼を転じ、

「こんなひとについていっちゃダメだよ、ムラサキくん。道は自分で切り拓(ひら)かないと」

星崎のカッコつけたことばに、ムラサキは苦笑い。

「ぼくは――ラテン音楽なんか一切聴いてこなかったので、きょう、ここでサルサを流してくれたアツマさんには、感謝してます」

おーっ。

「どうもな。ムラサキ」

あどけなさの残る顔で、ムラサキは微笑する。

Spotify丸乗りのクセして……」とグチグチ言っている星崎は、シカトしておくとして。

 

そのとき、ドアをノックする音。

『MINT JAMS』入り口のドアに、おれたちの注目が集まる。

 

だれだろう。

目星は、ついているが。

 

「おれが開ける」と言って、入り口ドアに歩いていく。

ドアを開けると、

「茶々乃(ささの)さんだ。やっぱりな」

眼の前に、星崎の親戚で、おとなりの児童文学サークル『虹北学園(こうほくがくえん)』に入った茶々乃さんが、立っている。

 

「――また、クレームを伝える係?」

『偉大なるOG』ルミナさんの『ことづけ』により、『虹北学園』から『MINT JAMS』にクレームをつけてくるという流れは継続していた。

今後も、ことあるごとに、あっちのサークルからこっちのサークルに苦情が入ってくるということが予想できるが、

「きょうは、いつもより音楽のボリューム、絞ったつもりなんだがな」

それでも、騒音苦情は、舞い込んでくるものなのか。

あっちからのクレームの9割は、騒音苦情。

「違うんです、アツマさん」

と茶々乃さん。

「違うの? じゃあ別種のクレーム――」

「いえ、クレームとかでは、ないんです」

「?」

「GW明けの今週から――『向こうのサークルを、定期的に見回りに行こう』っていうことに決まって」

「見回り? それの、『おつかい』??」

「はい。わたし、見回り役を、任されて……」

 

「あっきれたわねー、『虹北学園』にも」

嫌悪の混じった声で、星崎が言った。

「茶々乃ちゃんが、まるで『人柱』じゃん。入学したばっかりの子を、見回り役に任せるの!? どーなってんのよ」

星崎はブチブチと、怒りを表に出したしゃべりかたで、

「そもそも、『見回り』って。こっちのサークルを、監視対象にするってことじゃん」

 

「落ち着け星崎――歴史的経緯もあるんだ」

「歴史的経緯とか、知らないっ」

いつのまにか、入り口付近のおれに、ヌーッ、と近寄り、

「こっちもあっちを見回りに行こうよ。そうでないと筋が通らない」

そう言って、おれを見上げて、

「決断して、戸部くん」

 

そう言われてもなあ。

すぐに決断を下(くだ)せったって。

 

いらだつ星崎。

「どうしてなにも言わないの戸部くん!? 優柔不断じゃん」

「だってなぁ……」

「典型的な優柔不断のセリフね。わたし『虹北学園』に怒ってるけど、戸部くんにも怒っちゃうよ」

「……星崎よ」

「なあに!?」

「……お湯が沸きそうなテンションになっちゃってるぞ、おまえ」

「ババババカッ!! パンチするよ、戸部くん」

 

パンチとか、殴るのはやめてくれ。

愛とあすかで、こりごりだ。

 

どうやって収拾をつけようか……と悩んでたら、

 

「まあまあ、姫ちゃん。そのへんでやめといて、落ち着こうよ」

茶々乃さんが、星崎を、やんわりとなだめ始めた。

「見回り役ではあるけれど――わたし、こっちのサークルを訪(たず)ねてみるのが、楽しくなってきちゃって」

「楽しく……?」

困惑の星崎に、

「もちろん、うちのサークルも、居心地いいよ。姫ちゃんが言うほど、悪い人はいないんだし。――でも、『MINT JAMS』も、楽しそうだよね、って」

「そう思ってくれると、うれしいなあ」

「そう、思います。アツマさん」

へへへ……とおれが笑うと、茶々乃さんも笑い返してくれる。

星崎とは似ても似つかないぐらいの、いい子だ。

 

「ちょっ……なんで見る見るうちに、合意が形成されてんのっ」

「友好的にいくんだ、おれは」

「ありえないよ」

「衝突するよりは、交流を深めるほうがいい」

茶々乃さんに向かっておれは、

「こんど、交流パーティーでも、開催しようか? お互いのサークルの親睦を深めるために」

「わあ、パーティー! ステキですねえ!」

「別に、おれらのサークルと敵対したい、とかじゃないんだろ?」

「そんなことは、思ってないと思いますよ」

すかさず、

「……見回りしてくるのに?」

と星崎がツッコむが、

「そこはそこ、だ、星崎。

 なんとかなるし、おれが、なんとかする」

 

カバンから手帳を持ち出し、

入り口付近にふたたび戻っていって、

「とりあえず、そっちの幹部のひとと、話し合いの場だな」

手帳をパラパラとめくりながら、茶々乃さんに、

「おれが『虹北学園』に来ても、構わないか?」

「はい。拒(こば)みはしないと思います」

「じゃあ、話し合って、うまく折り合って、それから交流パーティーだ」

茶々乃さんは楽しそうにうなずいてくれている。

いっぽう、融通の利かない星崎は、呆然とするように、棒立ち状態。

「……パーティー、パーティーって」

負け惜しみのように、

「わたし……そんな場所だけは、行きたくないわ」

「星崎が行かなくても構わん。まったく構わん。だっておまえは『MINT JAMS』の正式会員でもなんでもないんだし」

「そうね……そうだった」

「どうせノンアルコールだ。ノンアルコールなパーティーなんて、おまえはすこぶるツマランだろう」

どういう認識!? ほんとにパンチするよ戸部くん」

「酒好きの出る幕はない」

 

このやり取りを見ていた茶々乃さんが、

「姫ちゃんって、そんなにお酒好きだったの??」

と眼を丸くする。

 

星崎の繰り出すストレートパンチをおれは食らう。

 

「突拍子もないこと言って、茶々乃ちゃんを誤解させないでっ!!!」

「……いいパンチの威力だった」

「『ハラスメント一歩手前ですよパンチ』」

「……悪かった。ごめんな」

「戸部くん『だから』、パンチで許すんだよ」

「お?」