むくり、と目覚めた。
ソファから起き上がった。
わたしが眠り込む前と変わらず、眼の前の席に、ワッキーが座っている。
その背中に、
「起きたよー、ワッキー」
と声かけ。
「……おはようございます」
振り返り、「おはよう」を言ってくれるワッキー。
軽く、上半身をほぐして、
「――だれか3年生来なかった? ほら、クボとかさ」
と彼に訊いてみる。
「幹事長なら、さっき、いましたけど――」
ふ~ん。
クボ、来てたんだ。
わたしの寝顔を拝んで、さっさと帰ったってか。
「――短時間で、出ていかれました」
「あわただしいんだから――」
わたしはワッキーの顔を、ぬいっ、と見上げて、
「――クボさあ。幹事長なのなら、もっとサークル部屋に長期滞在してほしいよね。いまは年度替わりで、あんたら新入生が入ってきたばっかなんだし、さ」
「僕に……言われましても……要望なら、直接幹事長に言えば……」
それも、そうか。
軽く、ため息ついて、
「仲間と親睦を深めようという意識が、幹事長のくせに、ちょっと足りないよね」
不満をこぼす。
不満こぼしのわたしに対して、
「日暮さんって、幹事長に、よくつっかかりますよね」
ワッキーの、指摘。
「……やっぱり、岡山出身と鳥取出身の間柄(あいだがら)、だからですか?」
「え、なにその理由付け」
「……ほら、地元が近いってことは、距離も近いってことで。つっかかるほど仲がいい、というか」
たしかに、ねぇ。
わたしの倉敷(くらしき)から、クボの鳥取県西部某自治体までは、特急『やくも』1本で行けるんだけど。
「――出身地にこだわりすぎるのも、どうなんだろ」
「……」
「山陽は山陽、山陰は山陰」
「……」
ワッキーに、深く追及しようという、気配はない。
『つっかかるほど仲がいい』という彼のことばだけを、頭の片隅にとどめておいて、
わたしは、眼を転じる。
――羽田さんと大井町さんが、来ていたのである。
椅子1個ぶんだけ間隔をあけて、入口付近の席に座っている。
わたしのお眠り中に、やってきたってわけだ。
いま、ここにいるメンツは、
・わたし(日暮)
・ワッキー
・羽田さん
・大井町さん
の4名。
わたしプラス1年生3人の構図。
先週の金曜日と、シチュエーションが酷似(こくじ)している。
さて、羽田さんと大井町さんの1年生女子コンビ。
けっきょく、金曜日は、あれから、ザッハトルテが美味しい喫茶店に行ったんだろうか。
「…ねぇねぇ大井町さん、今度はショートケーキが大人気のお店を見つけたんだけど」
羽田さんが、話し出す。
「ザッハトルテの次は、ショートケーキ食べに行ってみようよ」
あ、行ったんだ。
あのあと、ふたりして、喫茶店に。
ザッハトルテは羽田さんのおごりで。
「ショートケーキも、おごってあげても、いいんだよ?」
気前いいな、羽田さん。
お金持ち?
羽田さんの気前のよさゆえか、大井町さんは怪訝(けげん)そうな顔になって、
「……おごられるのは、あれ1回で、じゅうぶんよ」
と強めのことばを口に出す。
おごられっぱなしは、プライドが許せないんだろう。
プライド高そうだもんなー。
見るからに。
「コーヒー代ぐらい……自分で出せたのに」
悔しそうに言う。
そっかそっか、ザッハトルテのみならず、コーヒー代も羽田さん持ちだったんだ。
全部おごられてしまった、ってわけか。
「そんなこと言わないでよ~、出してあげるよ~、全然」
大井町さんのプライドとかお構いなしに、羽田さんはテンション高く言う。
すると、
「金銭感覚……まるで違うのね」
キツい顔つき、キツい口調で、大井町さんがやり返す。
「あなたに助けを借りる気が、完全に失(う)せたわ」
「――そんなに、わたしにおごられるのが、イヤなの?」
「お金のことだけじゃない。どんなことだって、あなたの手は借りたくない」
「え……話、飛躍してない?」
うろたえ加減の羽田さん。
そりゃあ……わたしだって、『飛躍してる』って、思っちゃうよ。
大井町さんを見ると、
『つい、言いすぎてしまったかもしれない……』
そんなふうな、自責の念が、顔に出始めている。
勢い余って、キレ気味に言っちゃった、という感じ。
トゲトゲしいことばを相手にぶつけてしまったことを、すぐに反省してる。
反省が、できている。
「ごめん羽田さん、いまのは忘れて」
眼を逸らしつつも、
「忘れてくれていいからっ」
念を押すように、大井町さんは、「忘れて」を繰り返す。
「わたしも……悪かったよ。調子に乗ったようなこと、言っちゃって」
羽田さんも、反省顔。
「あなたは、きっと――自分でがんばる子なんだね」
大井町さんは、羽田さんに、なにも言わない。
う~~むっ。
ここは、先輩として、場の空気を、変えてみたいところ……。
そーだっ。
「大井町さん。」
苦い表情の彼女に、呼びかけてみるわたし。
「――なんでしょうか?」
キツネにつままれたような顔の、大井町さん。
「大井町さんさ、ワッキーのこと、『脇本くん』って呼ぶよね?」
「――はい。でも、それがなにか」
キツネにつままれ続けの大井町さん。
ワッキーは……わたしの横で、
『変なこと言い出しそうだぞ、この人』
と思ってそうに、戦々恐々としている。
わたしは言う、言ってしまう。
「大井町さんも、ワッキーのこと、『ワッキー』って呼んだら?」
戸惑う大井町さん。
対するワッキーは、あんぐりと口を開けて、呆然としかかっている。
「一回、『ワッキー』って、呼んでごらんよ」
ずいぶんな無茶振り。
でも、無茶振りだって、わたしの個性。
「ほらほら」
羽田さんも、わたしに加勢するように、
『一回だけでも、日暮さんの言うように、してみたら?』
と、眼差しだけでメッセージを送る。
「これも親睦深める一環だよ。1年生同士の距離を縮めるため」
「……」
「無茶苦茶言ってるみたいだけどさ……あんがい、『ワッキー』って呼び始めたら、楽しくなってくるのかもよ」
「……」
「もうほとんどのサークルメンバーが、『ワッキー』呼びになってるんだしさ」
羽田さんを除いて……ね。
「ほら。1回だけ。チャレンジ」
決心したような顔になって、
「…………ワッキー君」
と、はっきりくっきりとした声で、言うのだった。
当の、『ワッキー君』は……、
哀(かな)しそうに、半笑い。
どうしようもないから、半笑いになるしかないんだ。
無残なことに――、
わたしに、良心の呵責(かしゃく)は、ない。