TBSのゴルフ中継を観ていたら、遅刻しそうになった。
松山英樹の歴史的快挙――マスターズ優勝。
どれだけ凄い偉業なのかな。
国民栄誉賞、もらえるのかしら。
× × ×
講義の合間をぬって、学生会館5階のサークル部屋に来ている。
完璧、入り浸ってる感じ。
この時間は1年生カルテット勢揃い。
わたし、脇本くん、新田くん、そして大井町さん。
あとは――先輩がた、だけど、
有楽(うらく)センパイと、もうひとり、
秋葉風子(あきば ふうこ)さんが来ている。
秋葉さんは、有楽センパイと同学年の、3年生女子。
茶髪に染めた、どちらかというと短めのヘアスタイルが、眼を引く。
ノートパソコンを持ち込んで、カタカタとタイピングしている秋葉さん。
文章を打ち込んでいるみたい。
タッチタイピングが滑らかで、尊敬する。
それにしても、いったいなんの文章を?
講義のレポートとか?
わたしが注目の視線を向けているのを察知したのか、ヒョイ、と彼女は顔を上げて、
「どうしたんだい、羽田さん?」
と尋ねてくる。
わたしは正直に、
「えーと、ノートパソコンで、なんの文章を書いてるのかなー、と思って」
「よく訊いてくれた」
不敵に笑って彼女は、
「――まだ言ってなかったよね?」
「……なにを、ですか?」
「わたしねぇ、実は――、
『ライター』なんだよ」
ライター。
フリーライターとか、そういった類(たぐい)の、ライター……を、やってるってことで、間違いないんだろう。
「学業と並行して、ライターのお仕事を?」
「そゆこと。羽田さん」
「す、凄いですね」
「凄かないよ。ヒヨッコみたいなもん」
横から、有楽センパイが、
「アニメやゲームの情報サイトに執筆してるの、風子は」
「WEBライター、ですか」
「そうよ羽田さん。風子はただのアキバ系じゃないの」
えへへー、と秋葉さんはひたすら笑っている。
「今年で何年目だっけ? 風子」
「ん~、4年目か5年目、ってところ?」
えっ、それって。
「高校時代……から?」
「そだねぇ」
秋葉さんは答える。
ほんとうに、ただのアキバ系とは違うみたい。
世界は広い――そのひとこと。
「アニメライターもされてるってことは……今期の新番組も、チェックされていらっしゃるんですよね」
おお、新田くん、食いつきが早い。
さすがのマニアぶりを発揮。
「チェックしてるよ。量が多くて大変だ、毎度のことながら」
「ぜんぜん追えてないですよ、俺。大学入りたてで、慌ただしいのもあって」
「慌ただしくってもさぁ、『ゾンビランドサガ』の2期ぐらいは、観てるんじゃないの?」
「あーっ、それもまだなんです」
「そりゃ、ほんとにほんとの慌ただしさだな」
「前期の積み残しも、大量に……」
「わかるわーそれ、新田くん」
「わかってくれますか!?」
なんだか、新田くん、感動してる眼つき。
日暮(ひぐらし)さんとも、だけど、秋葉さんとも、相性抜群そう。
――ふたりのアニメトークは、続く。
「『ゾンビランドサガ』の2期、始まりましたけど、今期は『ダイナゼノン』もあるんですよね」
「あ! そういうことか」
「そういうことですよ、秋葉さん」
なにやら通じ合った感じのふたり……だが、
「なにが、『そういうこと』なの? 新田くん」
すかさず、わたしは疑問を提示する。
「……挙手する必要あったの? 羽田さん」
新田くんはツッコむが、
「詳しく、教えてほしいから」
「深夜アニメの、マニアな話だけど……」
「マニアでもオタクでもなんでもいいの。なんでも知りたいの。知的好奇心旺盛だから」
なんでも知ってやろう――っていう心意気。
「よし、新入生テストだ、新田くん」
「テスト、ですか!? 秋葉さん」
「きみには見込みがありそうだからね。あえて」
「テストって、つまりは――」
「把握してるみたいだね」
「――ハイ」
「さあ、『ゾンビランドサガ』と『ダイナゼノン』の関係について、羽田さんに教えたまえ、新田くん」
× × ×
新田くんの説明を、要約してみることにする。
2018年の秋に、『ゾンビランドサガ』と『SSSS.GRIDMAN(グリッドマン)』というアニメが放映され、共に人気を博した。
で、この春――『ゾンビランドサガ』の第2シリーズ『ゾンビランドサガ リベンジ』が放映開始する一方で、『SSSS.DYNAZENON(ダイナゼノン)』というアニメも始まった。
『SSSS.DYNAZENON』は、タイトルから類推できるように、『SSSS.GRIDMAN』の事実上の続編的な企画である。
「――つまり、過去に同じ時期にしのぎを削った2作品の続編が、また、同時期に『相まみえる』ことになった、と」
「全く同じクールの2作品が、続編でも全く同じクールでぶつかった、というわけ。再戦というかリベンジマッチというか……」
「ふむふむ」
「……わかってくれたかな? 羽田さん」
「なんとなくわかったつもりだけど――凄くマニアックだね」
「ハハ……」
苦笑いする新田くん。
たしかにマニアックすぎる情報なのは否めない、けど、
「そういうマニアックな情報で盛り上がれるのも……アニメファンの醍醐味、なんでしょ?」
「醍醐味、かぁ……」
「そういうものなんじゃないの? 新田くん。
――新田くん、さっき、凄く楽しそうにしゃべってた。
説明を聴いてて、本当にアニメ好(ず)きなんだなって思った。
『ゾンビランドサガ』と『ダイナゼノン』がリベンジマッチだっていうことに気づけること自体が、アニメを心から楽しんでることの証拠だよ」
新田くんは驚いて、
「そんなこと言われたのは――人生で初めてだよ、羽田さん」
秋葉さんが、
「良かったじゃんよ。アニメ趣味をここまで肯定してくれるなんて、そうそうないことだよ」
そう言われて新田くんは、
「――ですよね。めったにない」
わたしは、隣の席の大井町さんに、
「なんだかわたし――いいことしちゃったみたい。一日一善、できそうな勢い」
と、ニコニコしながら言って、
「それにしても、新田くんの知識の無尽蔵(むじんぞう)ぶりは凄いよね。大井町さんも、そう思わない?」
と訊いたのだが、
「……」
と、仏頂面で、無言を貫こうとする彼女。
あれっ?
大井町さん……新田くんを、ホメない??
「新田くんの知識の無尽蔵ぶり…」とわたしが言ったのは、とうぜん新田くんの耳にも届いている。
新田くんは、大井町さんが、わたしに同調してくれるのを期待していたはず。
でも、その期待は、へし折られてしまった感じになって。
新田くん……たぶんいま、なんともいえない表情になっているはず。
彼の顔を見てみた。
やっぱり、微妙なガッカリ感が、顔に出ている……。
大井町さんは、新田くんのほうを見ない。
見てやるもんか……という『敵意』すら、ほの見える。
ひとことで、どよんとした空気。
3年生のふたりも、いささか困り顔。
どうしたものか……。
ややあって、気を取り直すように、新田くんがリュックからスケッチブックをガバッ、と取り出し、
「……これから、『ゾンビランドサガ』のイラストを描(か)こうと思います」
「できるの!?」と有楽センパイ。
「やるねえ!!」と秋葉さん。
「マジかよ!?」と脇本くん。
「さすが漫画家志望!!」とわたし。
――大井町さんの口は動かなかったが、こめかみの辺りがピクン、と動いた気がした。
「秋葉さん、『フランシュシュ』のだれかを描きますんで、希望を言ってください」
「じゃあ、無難に、さくらちゃん!!」
「――まあ、メインヒロインになりますよね」
「『フランシュシュ』ってなんなんだ? 新田」
首をかしげて、新田くんの隣に座る脇本くんが訊く。
「知らないか。『ゾンビランドサガ』に出てくるアイドルユニット名だ」
答える新田くん。
「ふうん……アイドルアニメだったんだな」
そう言う脇本くんに、手を動かしながら新田くんは、
「爆発的に売れたアニメだから、てっきり認知してるものと思い込んでた」
「ごめんな、勉強不足で」
「謝らなくていい。
知りたいことから、知っていけばいい……」
「……カッコいい言い回しするんだな、新田は」
「そっか? それはサンキューな、ワッキー」
「おまえもやっぱりワッキー呼びかよ……」