わたしの左斜め前の席の脇本くんが、
「4月になってないけど、今日が入学式なんだな。どうしてだろう?」
わたしは、
「4月になってないとはいっても、3月最終日でしょう? それに日曜日だし、入学生の親御さんが来やすいでしょ」
「それはそうなんだけど……いいのかな、4月にならないのに入学式やっちゃって。ルール的にどうなのかな、と思ってしまう」
ここでわたしは、脇本くんの顔面にネットリと視線を注ぐ。
愉しい笑い顔を脇本くんに見せつける。
動揺する彼に向かって、わたしは、
「諸々の理由があるのよ」
「それは……裏事情的な??」
「ブログの事情~☆」
「!?」
「ゴメン。『ブログの事情』云々は言い過ぎだった」
「羽田さん……」
「ふふっ☆」
とうとう最高学年のわたしたち。
・わたし(羽田愛)
・脇本くん
・新田くん
・侑(ゆう)
この4年生カルテットがサークルのお部屋に集まって、新歓活動の対策を練っている。
あ。
わたしは、最高学年の4年なんだけど、5年まで通わなきゃならなくなったのよね。
わたしだけは、『最高学年』ではない。
ま、いっか。細かいコトなんか。
「脇本くん」
「なに、羽田さん」
「幹事長として、わたし、張り切っていくわ」
「やる気に満ち溢れてるね、なんか……」
「あなたも張り切るのよ。副幹事長でしょう?」
「きみの勢いには敵わないけど。まあ、モチベーション、大事だよね」
「あと2年大学に通えるから、モチベーション2倍になってるわ」
「ん……」
「留年パワーよ、留年パワー」
「んんっ……」
脇本くんが戸惑うのも織り込み済み。
留年をバネにして頑張るコトに決めたわたしは、副幹事長・脇本くんに向かってちょっぴり前のめりになりながら、
「女の子がほしいわ。女の子をできるだけ集めたいわ」
「そっか。現在の主力メンバー、女子は羽田さんと大井町さんだけなんだもんね」
「わたしも侑も、もう少し女の子が居てくれないと、淋しくなっちゃうわ」
脇本くんと新田くんの向かい側の席についている侑とアイコンタクトする。
わたしに同調してくれて、
「そうね。女の子ほしいわね」
と侑。
「今のままだと男子の比率が高いし、男女比をできれば拮抗させたいわ」
とも。
『どういう方法で女の子をサークルに招き入れるのか?』を考える流れになりかけていた、はずだった。
しかし、侑と相対している新田俊昭くんが、
「俺としては、男子にも来てほしいけどな」
と、わたしと侑のジャマをする。
侑がピリピリとなり始めて、眉間にシワを寄せながら、
「だったら自力で頑張りなさい。わたしと愛は手を貸してあげない」
新田くんは少し弱気になって、
「どこまでやれるだろうか」
と言い、
「忙しくもあるし。ほら、就職活動と同時並行になるからさ」
すかさず、
「なに言ってるの!!」
と、侑が、ピシャリ。
「新歓活動と就職活動を同時にこなせないようでは、先が思いやられるわ」
殺気立つ侑。
新田くんを叱る侑。過去3年間で何度も繰り返された光景。否定できない既視感。
叱られた新田くんがどう出るのか、気になった。
すると新田くんは、
「珍しくない? 大井町さんが、俺の心配をしてくれるって」
おおー。
侑のお叱りを食らっても、堂々としてるじゃないの。
やるわね。
彼の堂々とした受け答えが意外だったらしく、
「べつに、心配するキモチで言ったわけじゃないし……」
という声に、戸惑いが混じる。
「あっ」
と声を出したのは、新田くんの右隣の脇本くん。
脇本くんが、
と興味深そうに言う。
意表を突かれ、唖然とする侑。
『脇本くんに『ツンデレ』なんて言われるなんて……!』
そんなキモチになっていると思われる。
攻撃対象は新田くんで、脇本くんの存在は眼中の外だった。なのに、脇本くんが、新田くんに加勢するみたいに。……侑が唖然とした表情になるのも無理は無い。
唖然としてしまっているのを男子ふたりに見られたくないから、うつむく。それから、しばしの沈黙。
男子コンビは侑の様子を眺めている。
やがて、
「新田くんのみならず、脇本くんまで、懲らしめられたいみたいね」
という攻撃的発言が、侑の口から出てくる。
「決めたっ。今年度は、ふたりまとめて厳しくするわ。覚悟して」
「おおーっ」
脇本くんが、面白そうに、
「強気がみなぎってるね」
「……どういう意味、脇本くん。強気が、みなぎるって」
「大井町さんらしいってコトだよ」
そう答えてから、
「きみらしさが、桜満開だよね」
と、脇本くんは、謎めく喩えを……。
そっぽを向いて、
「あんまりワケの分かんないコトばかり言うのなら、卒業まで『ワッキーくん』って呼び続けるわよ……」
と、侑は、新田くんだけでなく脇本くんにも厳しくなる。