長期休暇に突入していたが、図書館に用事があったので、大学の文学部キャンパスにやって来た。
坂をのぼる。
――前方に、見知った顔の男子がふたり。
『羽田さーん!!』
手を振りながら、声をかけられる。
脇本くんと新田くん。
同学年で、学部もサークルも同じの、ふたりの男の子。
わたしは歩み寄って、
「あなたたちも、キャンパスに用事があったの? もしかして、図書館?」
「いや、ラウンジに寄ろうと思って」と脇本くん。
「そうなんだー。わたしは図書館に用があって、来たんだけど」
「さすがは羽田さんだな。ほんとうに本が好きなんだな。図書館に通い詰めてるんでしょ」と新田くん。
「そうよ。――漫画も好きだけど、もともと、本ばっかり読んで生きてきたから」
「ぐはぁ」と新田くん。痛いところを突かれたみたい。
「グサリだな、新田には。見事に漫画とアニメオンリーで、教養が足りない」と脇本くん。
「ひでーよワッキー。……事実なんだけどさ」と新田くん。
「……教養をつけたいとは思ってる。羽田さんみたくはなれないけど、図書館も活用できるオタクになりたい」と言い足す。
すごくいいこと言ってるじゃない!
「いや、けっきょくオタクであることには変わりないじゃんか」と脇本くんのツッコミ。
「こらこら、そうやって揚げ足取らないの。脇本くん」とわたしはたしなめてみる。
「……羽田さんに叱られてしまった」と脇本くんは少しうつむく。
よしよし、脇本くん。
× × ×
図書館で用を済ませたあとで、ラウンジで男子ふたりと合流した。
わたしの眼の前に、脇本くん&新田くんの1年男子コンビが並んで座っている。
「聴いてくれよ羽田さん。新田がスランプなんだってさ」
「――スランプ?」
紙カップのコーヒーを両手で持ちながら、訊き返すわたし。
「絵を描くことに対するモチベーションが上がらないらしいんだ」
ふむ。
「そうなんだよ…。自作漫画のためのイメージばっかり、脳内でふくらみまくってて……。完全に頭でっかちで。肝心の手が、動かなくって」
前に進んでないってわけね。
「…スランプになったのは、どうして? きっかけでもあったのかしら?」
訊いてみた。
けれど、新田くんは口ごもってしまう。
「新田」
「……ん?」
「おまえ、大井町さんに画力で負けてる、ってことのダメージが大きいんじゃあないのか?」
「……んっ」
あー。
大井町さんの絵の上手さを意識しすぎちゃってる、というわけね。
「――たしかに、上手いもんね、彼女」とわたし。
実力は申し分のない彼女。
ただ……。
「大井町さん――コミュニケーションのほうも、上手になってくれないものかしら」
「? コミュニケーション?」と訊き返してくる脇本くん。
「……あのね。この前、サークル部屋で、ちょっと彼女とすれ違っちゃって」
ちょっと、どころではなく。
すれ違う、どころではなく。
盛大にケンカしちゃった、というのが、実情だけど……。
まあそれは、女同士の問題。
「すれ違っちゃったかー」と言ったのは新田くん。
「苦手意識……ぶっちゃけ、ある? 大井町さんに」と新田くん。
「否定しない」とわたし。
「だけど、新田くん、あなたのほうが、苦手意識は大きいでしょ?」
「……そりゃ、わかるよな」
「凹まされたりしてるものね」
「凹まされてばっかりだよ…。もうちょっと、どーにかならんのかな」
『どう思う? 解決策とか、思い浮かばないか?』と言いたげに、横の脇本くんを見やる新田くん。
――わたしの注目は、脇本くんに接近してきている女の子のほうに、移っていた。
いくぶん小柄な女の子。
どんどん脇本くんに近寄ってきている。
彼の、お知り合いなのかな?
教場で、見かけたこと、あるような…。
『わっきーもとー♫』
すごく元気のある声で、彼女が彼の苗字を呼んだ。
「…ゆずこかよ」
フレンドリーな彼女とは対照的に、視線を逸らし気味にボヤいてしまう脇本くん。
「お知り合い?」
とりあえず、尋ねてみる。
「…湯窪ゆずこ。同じ、独文」と言う脇本くん。
「あーっ。脇本くんと専攻が同じなのね」
「そうなんだよ。だから、講義はかぶるし、席が近くなることも多くって…困るよ」
「困るなんて言わないでよっ。脇本」
いつのまにか椅子を持ってきて、わたしの斜め前に湯窪ゆずこさんが着席する。
「――羽田愛さんだよね?」
えっ。どうして名前知ってるの。
「よ……よく、わかったわね」
「あなたは有名だから」
「ゆ、有名!?」
「ふふん♫」
「ど、どこでわたし、そんなに有名になっちゃったのかな……」
いきなり彼女は握手を持ちかけ、
「よろしくねー。脇本ともども」
と言ってくる。
「……うん」
握手しないわけにはいかないから、彼女の手を握ってみると、
「すごくキレイだね。あなたの、手」
「そ、そう!?」
「磨きがかかってるって感じ。顔も、そうだけど」
この子……。
「――ゆずこさん、か」
新田くんが、ひとりごちるように、
「『ゆゆ式』っていう4コマ漫画のキャラクターと、おんなじ名前だな」
……へえぇ。
「あ」
湯窪ゆずこさんは、新田くんのほうに顔を向け、
「いま、『ゆゆ式』って言った!?」
…うろたえの新田くんは、
「…言った、けど」
「――初対面で『ゆゆ式』って言ってきたのは、キミが5人目」
「ご、5人目なのか――俺」
明るく、元気に……湯窪ゆずこさんは、新田くんを凝視する……。