えー、うれしいお知らせがあります!
この【愛の◯◯】シリーズ、
きょうで通算800回!!
やった~~。
ぱちぱちぱち。
「――そっか。
あと200回更新すれば、1000回なのか。
今年って、あと何日あったっけ」
思わず、天井に向かって、つぶやいてしまうわたし。
部屋のベッドに、大の字になりながら、通算800回のよろこびに耽(ふけ)っていたというわけ。
――さて。
キリ番報告も、そこそこに。
「――こんなことしてても、しょうがないよね。
天井に向かってひとりごととか。
通算800回は、たしかによろこばしいけど。
メタフィクションが、強引すぎ。
こんなことやってないで――」
起き上がって、
大学に行きましょうねー、
羽田愛ちゃん。
× × ×
割りと自由な時間に通学できるのも、大学生の特権。
講義の空き時間が、1時間半とか3時間とかあったりするし。
ヒマな時間を利用して、学生会館に向かうのは、必然の流れ。
というわけで、エレベーターで、学館(がっかん)の5Fへ。
「こんにちは~。
あれっ、大井町さんだけ?」
わたしと同じ1年生女子の大井町さんが、ぽつねんと座っていた。
「……久保山幹事長が来てたけど、いま、席を外してる」
わたしの顔を見ようともせずに大井町さんは答えた。
「そうだったんだ」
いつもは、椅子ふたつ分離れた席に座っているけど、
きょうは、椅子ひとつ分離れた席に座ってみた。
大井町さんとの距離を詰めよう……というわけ。
少しだけ、振り向いてくれた。
『距離、近いな……』と言いたげな顔にも見えたけど。
彼女の手元には、講義のテキストのようなもの。
お勉強中?
とりあえず訊く。
「あら、お勉強中だったの」
「……」
「偉いわね」
「……90分講義を受けたら、90分自習することにしてるから」
えっマジ。
「マジメね。見習いたいわ」
嘘偽りなくわたしは言ったのだが、
彼女は幾分、眼つきを鋭くさせて、
「あなたは……しないの? 自習」
ん……。
「第一文学部なんでしょ? わたしの第二文学部より、『やること』は多いんじゃないの」
「『やること』、って」
「――勉強に決まってるでしょ。自分でやらなきゃいけない勉強の、分量が」
そう言って手元のテキストに眼を移しながら彼女は、
「わたしは90分講義を受けたら90分自習する。あなたは90分講義を受けたら、180分ぐらい自習する必要がある」
えーっ……。
180分自習は、いくらわたしでも、ハードだよ。
「……机上(きじょう)の空論(くうろん)じゃない?」
わたしは、思わず言ってしまった。
「現実的じゃないよ。180分、って数字は」
また、半分だけ振り返って、
「じゃあ、あなたは、いったいいつどこで勉強してるの?」
と、わたしを煽(あお)ってくる。
素直に――こう答えた。
「――教場(きょうじょう)。」
あっけにとられる大井町さん。
「講義のあいだに、吸収してる、って感じ?
集中力にはわたし自信あるし。
家に帰って、15分ぐらい、サラーッとおさらいするだけ」
固まったようになって、無言になって、
大井町さんはうつむいてしまう。
うつむかせちゃった。
わたしの、『要領良い』アピール……だめだったかな。
ここは……。
「ねぇ、あなたの二文(にぶん)ってさ、ユニークな教授が多いっていうよね。大井町さんがとってる講義で、面白いのって、なに?」
「……」
「……あるんじゃないの? 1つか2つぐらい。教授の話が面白くて、ついでに単位もお茶の子さいさい――」
「……」
「二文の様子も……知りたいんだ」
「……」
「教えてくれたら……ケーキおごってあげる」
「!」
わたしの「ケーキ」発言に、彼女がまともに反応した。
そうだよね……。
女の子はケーキ、好きなものよね。
「あ、あなたにおごられる筋合いなんてないけど、」
いわゆるツンデレ的な言い回しを使って、
「強いて、言うなら……、ラテンアメリカ文学の講義」
あら!
いいじゃない、いいじゃない。
そっか。ラテンアメリカ文学の講義、とってるんだ。
――ここはひとつ、ボルヘスとかバルガス・リョサとかセサル・アイラとか、わたしのオススメラテンアメリカ作家をゴリ推ししてみたいところだけど。
しまったなー。
持ってきてないや、本。
ラテンアメリカ関連の文芸書を、いま、持ってたら、大井町さんに貸したりして、友好を深められたというのに。
タイミング、悪かった。
「……もぐってみようかしら」
冗談めかして、わたしは言った。
「……え?」
「5限以降だよね? その講義。二文だし」
「まあ、そうだけど……」
そんなに、警戒するような眼で、見なくっても。
「わたしも一度、聴講(ちょうこう)してみたい」
「聴講って……。履修登録はとっくに終わってるのよ」
「それでも!
いいじゃない。ひとりぐらい紛れ込んだって。演習とかじゃないんだし。
講義にもぐることを奨励(しょうれい)してる先生も――」
「――不真面目ね」
う。
ううっ。
「あなたがそんなに不真面目だとは思わなかった」
「ふ、ふまじめじゃないから。講義にもぐるのは、むしろ――」
「――真面目だって、言いたいのよね」
いつのまにか、大井町さんは笑みを浮かべている。
その笑顔が――わたしをグサリ、と突き刺してくる。
「真面目さを張り合うつもりなんてないけど――、
あなたの性質が、よくわかったわ」
ぬなっ。
「あ、あのねえ、性質とか言うけど、どうしてそんなに挑発的に――」
言い合いになりそうな『悪寒(おかん)』を覚えながらも、わたしは大井町さんに言い返す。
ピリピリしてきちゃった――。
と、
そこに、
ドアが開く音。
ドアが開く、福音(ふくいん)。
久保山幹事長――!!
「やぁやぁ、取り込んでて、すまなかったね。
おや、羽田さん、来てたのかい」
お互いの視線をぶつけ合うふたりの様子を眼にして、
「――どしたの?」
わたしは恥ずかしくなって、
「取り込み中だったんです――わたしたちも」
「ほ、ほほぉ……」
「幹事長……」
「?」
「……ここはひとつ、最近読んだ漫画の話でも、してくれないでしょうか」
「最近読んだ漫画? 漫画というより漫画雑誌だなあ。ジャンプやマガジン」
「それでお願いします。ジャンプやマガジンを語ってください」
「わかった。好奇心旺盛な羽田さんの期待に応えて」
「ありがとうございます……!」
「……ヤケにうれしそうだね」
大井町さんは――、
ソッポを向いて、
壁際の本棚を、ず~~っと眺めている。