【愛の◯◯】向かい合いより、隣り合いが

 

愛ちゃんと通話中。

 

「アカちゃんは自動車免許持ってるわよね」

「持ってるわ」

「ハルくんには免許を取らせないの?」

あーっ。

そういえば、わたしの彼氏はまだ免許を持っていない。

「取らせたほうがいいのかしら」

愛ちゃんに訊いてみる。

「両方持ってたほうが、『釣り合い』がとれて良くない?」

と愛ちゃん。

「それに、アカちゃんはハルくんをもっと鍛えてもいいと思うの」

「鍛える?」

「そ。彼氏に対してはスパルタよ、スパルタ」

「……わたし、普段から彼には厳しめだから」

「そーなんだけど」

愛ちゃんは、

「ハルくんにはいつまで経っても頼りないっていうイメージが拭えないの。わたし個人のイメージに過ぎないのかもしれないけど」

と言う。

わたしは、

「愛ちゃんの実感が籠もってる気がするわ」

と言い、

「いろいろと足りない部分があるのよね」

と言い、

「発破(ハッパ)かけてみようかしら。今日の午後からハルくんが邸(いえ)に来るから」

と言う。

「ぜひ発破かけたらいいと思うわ」

と愛ちゃん。

それから、

「わたしも彼へのスパルタ教育に協力してみたい」

とも。

「協力?」

「アカちゃん1人で鍛えるよりも効果的でしょ?」

「……具体的にはどんなことを考えてるの、愛ちゃんは」

「まずは、お説教から」

えぇっ……。

「わたしには彼にお説教したいことが沢山あるのよ。しばらく説教して、彼を凹(へこ)ませておいて、それから『教育』を始めるの」

「『教育』の……中身は?」

「ハルくんの顔を見てから決めるわ」

!?

 

× × ×

 

「愛ちゃんがあなたに会いたいそうよ」

わたしの邸(いえ)のわたしの部屋にやって来たハルくんに言う。

「ふーん」

と、例によってカーペットで胡座(あぐら)のハルくん。

勉強机の椅子に腰掛けているわたしは、

「いろいろと言いたいことがあるそうなの」

と言う。

「コワいな。お説教かな」と彼。

「お説教はされるでしょうね」とわたし。

「アカ子と愛さんと、いったいどっちがより恐ろしいのかって感じだ」

「どっちなんでしょうねえ。……まあ、いずれにせよ、心構えはしておいて」

「うん、分かった」

力強く頷くハルくん。

どうしてそんなに頷きが力強いのよ。

 

「ところで」

カレンダーを見つつわたしは、

「今日から9月ね」

と言う。

「セプテンバーだな」

とハルくん。

『そうよね。アース・ウィンド・アンド・ファイアーよね……』とは言わず、

「大学の長期休暇も折り返しよ」

と無難に言って、

「あなたには、残りの長期休暇で『これだけはやっておきたい!』っていうこととか無いの?」

と訊いてみる。

すると。

「……」と、笑みを浮かべて、彼はなんにも言ってくれない。

なに。

なんなの、その笑顔。

こっちを戸惑わせないで。

最近あなた、意味深めいたリアクションが多くなってない!?

……きっと。

きっと、意味深『であるふり』をしてるだけなのよね。

『うわべだけ意味深で、中身はカラッポでした』ってパターンでしょ、99%。

わたしをおちょくってみたいのかしら。

現在(いま)のあなたの笑顔が、ますます軽薄(ケーハク)に見えてくる……。

結局、愛ちゃんの言う通りであるみたいね。

スパルタ的な教育が必要なんだわ。

矯正よ、矯正。

もう彼も大学3年の9月。

これからいろんな『乗り越えるべきこと』が待ち構えているんだから、こんなふうなケーハク男子のままだと、さまざまな意味でマズいわよ。

「――頭でも痛いの?? アカ子」

彼が言ってくる。

「痛いわ。主にあなたのせいで」

「エーーーッ」

「あなたは責任を感じないの!?」

「ん、責任とか、いきなりな」

「ぬいぐるみ投げるわよ。ちょうど都合いいことに、机の上に某都道府県のキャラクターのぬいぐるみがあったから」

「またまたぁ」

「どうしてそんなにあなたはケーハクなの!?」

「おれの態度がよろしくないと?」

「過去最高にチャラチャラして見えるのよ」

「マジ」

「『軽薄』の対義語は分かる!? ハルくん」

答えてくれない。

『分からない』という意思表示……。

どうにもならず、どうしようもないので、わたしは椅子から立ち上がる。

九州地方某県の人気マスコットキャラクターのぬいぐるみを投げつける気も失せて、

「わたし、ちょっと階下(した)に下りてくる」

「そりゃまたなんで」

「冷蔵庫から――」

ビールか」

バカじゃないのあなた!?!?

「だって、昼間からビールを飲むのも不自然じゃないし、きみだったら」

「い、い、いつの間に、わたしを酒乱キャラに仕立て上げて……!!」

「しょーがない面もあると思うよ?」

必然的に……右手でググググッ……と握り拳を作ってしまう。

 

× × ×

 

ハーゲンダッツが食べたかったのか」

ハーゲンダッツは、女の子の味方」

「えっ」

「女の子の味方である理由は言わないけれど。どうせ言ってもあなたは分かってくれないし」

「ますます気になっちゃうんですけどね」

黙ってわたしはハーゲンダッツを突っつく。

完食し、カップを置く。

それから腕組みして、ハルくんの顔面に視線を寄せる。

この場でわたしから『お説教』をしてあげるべきなんではないかしら……と思う。

どんなコトバからお説教を始めたらいいのかしら。

書き出しがなかなか浮かばない小説家みたいに、お説教を練りあぐねる。

「そんなに険しい眼で見ないでくれよー」

「見ざるを得ないのよ」

バカ。

「アカ子はせっかく美人なんだから、もっと柔らかい表情のほうが似合ってるよ」

バカっ。

「それにさぁー」

それにさぁー、じゃないでしょーがっ。

「きみが終始勉強机の椅子に座ってるのは、正直おれは物足りないかな」

……物足りない?

「距離ができちゃってるよね。向かい合うより、隣り合うほうが、おれは好きだな」

隣り合うほうが、好き。

ということは。

つまり。

……ハルくんが、カーペットからベッドに、腰を下ろす場所を変えた。

「こっちに来てくれよ、アカ子。百歩譲って、コワい顔するのは許容するからさ」

促すハルくん。

体温が上がってくる自覚が、わたしに芽生える。

さらにハルくんは、

「特別なことはしないにしても。きみが隣にいてほしいんだよ。9月になったから、特に」

と。

体温の上昇とともに困惑の度合いも上昇して、

「『9月になったから、特に』って……どういうことよ」

と訊くのだが、彼は、やんわりと首を横に振って、

「口が滑っただけさ」

と言うだけ。