【愛の◯◯】大事な抱擁 大事な睡眠

 

わたしの調子があまりにも悪いのを心配して、アカちゃんがお邸(やしき)にやって来た。

 

 

部屋をノックする音がする。

緩慢な足取りでドアに向かっていく。

 

『愛ちゃん……。入ってもいいかしら』

 

アカちゃんの声がする。

 

「いいよ」

わたしはそう言って、ドアを開けた。

 

次の瞬間。

 

アカちゃんが……わたしのからだに、抱きついてきた……。

 

いきなりの抱擁に戸惑うわたしをよそに、

「ごめんなさい。なんにも気づいてあげられなくって……」

と、アカちゃんの涙まじりの声。

 

抱擁は終わらない。

 

「もっと連絡すべきだったわ。もっと気にかけるべきだったわ」

 

抱きつかれたまま後ずさりのわたし。

後方には、ベッド。

押し倒されるような勢い。

 

「ほんとうにわたしバカだったわ。親友として、じぶんでじぶんが許せない」

 

「お…落ち着こう?? アカちゃん」

 

「落ち着けないの」

 

そんな。

 

× × ×

 

アカちゃんに抱きとめられたままベッドに座るわたし。

 

「アカちゃん」

「……なにかしら」

「言いにくいんだけど……この体勢、ちょっと苦しいかも」

 

ハッ! となって、慌ててアカちゃんが身をほどく。

 

「ごめんなさい、愛ちゃん。……痛かった?」

「ぶっちゃけると、痛かった」

痛かった……けど。

「だけど――嬉しかった。抱きしめられて」

立ち尽くすアカちゃんに眼を配りながら、

「――伝わったよ。アカちゃんの気持ち」

 

アカちゃんは少し顔を赤らめ、

「いちばんの親友だから……あなたは」

と、嬉しいことを言ってくれる。

「ありがとう」

と感謝して、それから、

「座ったら?」

と促す。

 

勉強机の椅子にアカちゃんは腰を下ろす。

そして、

「メンタルが風邪をひいちゃった感じ、なのかしら?」

と訊いてくる。

わたしは弱く、

「そうね……。こころの不調」

アカちゃんも弱り気味に、

「どうしたらいいのかしら。わたしには、抱きしめてあげることぐらいしか、できないわ」

「抱きしめてくれたら、じゅうぶんよ」

「でも……」

「それに、こうやってあなたが部屋に居てくれるだけで、こころのこわばりも和らぐから」

「……そう」

 

少し思案してから、アカちゃんは、

「――わかったわ。何時間だって居てあげる」

と言ってくれる。

 

× × ×

 

「…ハルくんがね」

「?」

「『メッセージ伝えてくれ』って」

「わたしに?」

「…愛ちゃんに」

「どんなメッセージ?」

「……『考えすぎないことだよ』って」

「――シンプルね」

「シンプル過ぎるかもしれないけれど……」

「わたし、ハルくんらしいメッセージだと思った。……クヨクヨするなよってことでしょ? つまり」

 

…ハルくんのメッセージを、噛みしめ、

 

「彼に伝えておいて。『ありがとう。元気出していくよ、わたし』って」

とお願いする。

 

無言でうなずくアカちゃん。

 

「元気出る速度は……ゆっくりになると思うけど」

と、わたしは苦笑い。

 

× × ×

 

いろいろなことを話した。

女子校時代のこととか、たわいないことを多く話した。

 

夜になっても、部屋でアカちゃんと話し続けた。

 

話し続けると、疲れてくる。

メンタルが不調な証拠だ。

 

わたしの消耗をアカちゃんが見てとって、

「――そろそろ、寝ましょうか」

「そのほうが、いいかもね」

「睡眠がいちばん大事よ、愛ちゃん」

「その通りだと思う」

 

――軽く息を吸って、意を決するように、

「睡眠は大事だから――お願いがあるの」

と言うアカちゃん。

 

お願い??

 

「今夜は――愛ちゃんのベッドで、愛ちゃんといっしょに寝させてもらうわ」

 

え。

 

「そ、添い寝――ってことかな!?」

「そうとも言うわね」

「それは、逆に……安眠できないかも」

「できるわよ。わたしを信じて

「信じるって言ったって」

わたしを信じてベッドに入って

「どうして……そこまで、添い寝にこだわるの?」

「決まってるでしょう。

 愛ちゃん、あなたが……地球上のだれよりも、心配だからよ」