蜜柑が、わたしの部屋に来ている。
「もういくつ寝ると大学生ですね、お嬢さま」
「ええ、そうね」
「楽しみですか?」
「楽しみよ」
「新しい世界が広がるんですもんねぇ」
「過度な期待は持っていないけれど……」
「でも、楽しみなんでしょ?」
こくん、とうなずく。
「あ~~っ、わたしも、大学生活送ってみたかったなぁ~~っ」
「……それはどこまで本心で言っているの? 蜜柑」
蜜柑は含み笑いで、
「ひみつです」
まあ……、
高校を出て、すぐ住み込みメイドというのも、
儚(はかな)くはある。
「――蜜柑こそ、『新しい世界』に触れたいんじゃないのかしら」
「どうしてそう思われるんですかね?」
「だって、どうしてもあなた、引きこもりがちになるでしょう?」
「んー、たしかに」
「出会いが少ないじゃない」
「出会い……」
「たとえば、男の人……とか」
からかうつもりはあまりなかったのだが、言ってみた。
眼を大きく見開く蜜柑。
「いきなりなにをおっしゃるんですか……!」
「だってあなた、高校時代は、けっこう――」
「すストップストップ!! お嬢さま」
「あわてないで」
「……」
「あなたの環境にも、なにか変化があればいいのにね」
「出会い……ですか?」
「メグさんや星崎さんの伝手(つて)で合コンするとか」
沈黙する蜜柑。
「乗り気じゃないの? そういうの」
「……合コンこそ、大学生的な文化じゃないですか」
「わたしには関係ないことだわ」
「ハルくんがいるからですか?」
「そういうこと」
「きょうもこれから……ハルくん、来るんですよね」
「そうよ。
だから――あと10分で、部屋から出ていってちょうだい」
「えー」
「間の抜けた声で不満を示さないで」
「えぇー」
……しょうがないわねぇ。
あなたの『出会い』のなさは、割りと真面目に心配してるんだけれど。
× × ×
というわけで、部屋にハルくんが来た。
「きょうはあなたにプレゼントしたいものがあるの」
「おれに? なに」
「わたしからの入学祝いで……」
プレゼントを、手渡しする。
その、中身は――、
「もしかして、これ、本が入ってるのか」
「そうよ――本の、贈り物」
「なんで、本?」
「あなたの読書量も徐々に増えてきたことだし――なにより、大学生になるんだったら、少しはちゃんとした本も読まないとね」
「おれに、読めるかな」
「選書(せんしょ)は……悩んだ」
「そっか……悩んじゃったか……」
「うん……」
「――わかった。読めるかな、とか、言わない。家に帰ったら、さっそく読み始めるよ、アカ子」
「うれしいわ、そうしてくれると」
「おれは、きみの入学祝いを、なんにも用意してなくって……申し訳ない」
「いいのよ、気持ちだけで」
「でも、きみのスパルタ指導のおかげで、現役で合格できたんだもんなあ。お礼が必要かな、って」
「感謝の気持ちなら、じゅうぶん伝わってるわ」
「ホント?」
「『ありがとう』って――何度も言ってくれたじゃない」
おもむろに床から立ち上がるわたし。
「どしたの? いきなり立って」
さっきまで互いに床座りだったハルくんを見下ろして、
「あなたも立ってくれないかしら」
「いったいなんだよ……」と言いつつも、素直に起立する彼。
向かい合い。
わたしは、正面のハルくんを、じっとじっと見つめ続ける。
困り顔の彼。
わたしは、視線を上げてみる。
「どこを……見ているの、アカ子」
「あなたの頭頂部」
「!?」
「やっぱり――、
ハルくん、ずいぶん背が高くなってる」
「そ、それ、いつからの話??」
「決まってるでしょ……あなたと出会ったときからよ」
それから、
わざとらしくも、優しく、
彼に――からだを預けていく。
「なんで……こんなタイミングで、抱きついたり」
「好きだからよ、あなたが」
「……答えになってないよ」
極度に狼狽(ろうばい)するハルくん。
窓際に、視線を逸(そ)らしっきり。
「わたしから逃げようとしないで」
抱きつくちからを、強くする。
すると。
「ぬいぐるみが……さらに増えているね」
――なにを言い出すのよ。
いまは、ぬいぐるみは関係ないでしょう。
怒るわよ!?
「……リラックマ」
「はい!?」
「……ほら、あそこに、リラックマみたいなのが。前来たときはなかったから、新作を作ったんだね、って」
あなたの言う通りよ。
でもねぇ、
こんなシチュエーションで、リラックマもどうもこうもないでしょう!?
「リラックマも、好きなんだ」
「……ハルくん、」
「ん……」
「わたしがいま……どんな気分か、わかる?」
「――怒った?」
「怒るとか、そういうレベルじゃないわよ」
「……」
「頭突きがしたい気分。」