【愛の◯◯】姉弟水入らず? で『CM祭り』

 

「雪の積もった道。

 全身防寒着の男性が犬を連れて歩く。

 傍らの線路を通り過ぎていく列車。

 メガネをかけた中年男性の顔がドアップで映る。犬を連れて歩きながら、どんな思いに浸っているのか。

 カラスが鳴く情景と、スズメが鳴く情景が映される。

 ここで、

【冬にはカラスが鳴き、スズメも鳴く。】

という縦書きのテロップが画面のド真ん中に表示される。

 それから季節は移り変わって、のどかな春の駅舎の横には桜が咲いている。

『また、春が来て、花が咲く……』

 そんなナレーションが流れる……」

 

CM雑誌のCM紹介記事を声に出して読んでくれたのは、姉だった。

「ありがとうお姉ちゃん。とっても上手に読めてたよ」

姉は静かにCM雑誌をテーブルに置く。そして静かにソファに腰掛ける。

せっかくぼくにホメられたのに、嬉しそうな表情にはならず、

「ぶっちゃけて言うと、あんまし意味が無いわよね」

「CM雑誌を声に出して読むことが?」

姉は首を縦に振ってしまう。

「そんなこと無いよお姉ちゃん。お姉ちゃんが読み聞かせてくれたから、CMのイメージがいっそう鮮明に頭の中に浮かんできたよ」

ぼくのコトバも虚しく、姉は眉間を険しくして、

「某地方の某ローカル私鉄のコマーシャルだったわけだけど」

と言って、

「犬を連れた男性のトコロまでは、良かったと思うわよ? だけど」

と言って、

「【冬にはカラスが鳴き、スズメも鳴く。】ってテロップ、ほとんど意味をなしてないんじゃないの!? だって、冬じゃなくったってカラスもスズメも鳴くでしょーに。もちろん『寒鴉(かんがらす)』や『寒雀(かんすずめ)』ってコトバはわたしも知ってるわよ。それにしたって、【冬にはカラスが鳴き、スズメも鳴く。】なんてフレーズ、締(しま)りもない」

と一気に言う。

さらに、

「春が来て桜が咲きました、っていう終わりかたも、平凡よねえ。平凡のボンボンボンよ」

と苦言。

『平凡のボンボンボン』という姉の言語のセンスが、少々不可解。

 

× × ×

 

「今度は実際に企業CMを上映してみるよ」

「平凡のボンボンボンなCMじゃーないわよね?」

ぼくは苦笑を交(まじ)えながら、

「平凡のボンボンボンじゃないよ、たぶんね」

「利比古!! そんなフマジメな顔するんじゃないわよ」

「エーッ、怒るとこ、そこ?」

「だって、あんたには、顔だけじゃなくて態度も二枚目でいてほしいし」

「分かりにくいなあ」

姉は眼を逸らし、

「早く再生してっ」

と急かしてくる。

 

某地方某所の某料理店のCMを上映して、姉と隣同士で観た。

「どうだった? 鍋物推しのお店だったけど、寒い季節になったから、映像に出てくる鍋料理がとっても美味しそうだったよね」

そう評価するぼく。

しかし、姉は、

「統一感が無かった」

と、難癖。

なにゆえか、ムカつき気味の表情で、

「どーして湯豆腐ときりたんぽ鍋を同時に推すのよ、この店は」

と疑問を呈し、

「湯豆腐の本場は京都で、きりたんぽ鍋の本場は秋田。日本人だったら10人に9人は知ってる常識的なことだわ。湯豆腐ときりたんぽ、まったく異なる地域の名物でしょーがっ。地域感が不統一で、風情ってものが出ないじゃないのっ!」

「でも、いろいろな地域の味を楽しめて、バラエティ色豊かでいいじゃないか? 湯豆腐ときりたんぽを同時に楽しめるお店なんて、なかなか無いでしょ? 希少価値が高いってことだよ」

「あんたとは分かり合えないわね」

細くした眼でジトーーッとぼくを見てきて、

「湯豆腐なら湯豆腐、きりたんぽならきりたんぽに特化したほうが、潔い」

と言う姉。

「ふうーん」

ぼくは、

「きりたんぽに特化はまだいいと思うけどさ。湯豆腐オンリーっていうのは、どうなのかな」

「そ、それはもちろん、付加価値をつけるのよ。鍋物でないなにか別の『ウリ』になる料理を足すとか。湯豆腐だけだったら流石に、なかなか需要が生まれてこないでしょうし」

「お姉ちゃん」

「……なによ」

「湯豆腐発祥の地って言われてる京都のお寺って、どこだったっけ」

「どうして話を逸らすの!?」

「えへへ」

 

× × ×

 

南禅寺」と、姉は答えてくれた。

 

さーてさて、お邸(やしき)における姉と2人きりの『CM三昧(ざんまい)』はまだ続く。

次は、ぼくが所属する『CM研』他会員(たかいいん)が制作したCMを上映し、姉に吟味してもらう。

 

吉田奈菜(よしだ なな)さんが作ったCM。

「知性に溢れてる感じがするわね。エスプリっていうのかしら」

おー、好評だ。

「吉田さんは文学部のフランス文学科で、サークル部屋でもよく読書してるんだ」

「あんたに前に聞かされた気もする、その情報」

「言ったっけ」

「たぶん言ったわよ。小柄な体型の女の子なのよね?」

エッ。

「エッ。そんなことまで言ったかな」

「言ったから」

「言ったかなあホントに」

「言ったったら、言ったのっ!!」

「ひゃっ」

攻撃的な姉はぼくの手のひらをつねってきながら、

「あんまりすっとぼけてると、あんたの手のひらをもっと痛めつけるわよ!?」

「それはやめてよ」

「吉田さんの連絡先を提供してくれたら許してあげるわ」

「それも困ったことになる……」

あんたはそんなに自分の姉を悲しませたいの!?

連絡先を提供しなかったら……悲しむんですか。

 

荘口節子(そうぐち せつこ)さんが作ったCM。

「テンポに少し違和感があるわ」

えーっ、辛口。

「たぶん、情報量を詰め込み過ぎなのよ」

なんか評論家っぽい眼つきと話しかたになってる。

荘口さんとお姉ちゃん、相性イマイチ??

「荘口さんはお姉ちゃんと同年度産まれの女子なんだ」

「知ってるわよ。あんた言ってたでしょ」

あーーっ。

「ゴメンゴメン、話した憶えあった」

「これだから、利比古は……」

「それでね。お姉ちゃんに似て、強気で勝ち気な性格なんだ」

姉が口をつぐんだ。

いつの間にかテーブルに乗っていたホットコーヒーを啜った。

鋭い眼つきになった、かと思えば、

「それは、対抗のし甲斐(がい)があるわねえ」

いやいや。

いったいどういう点で、荘口さんと張り合いたいの。