姉の誕生日である。
お邸(やしき)の面々が、姉に祝福のことばをかける。
アツマさんも。
あすかさんも。
明日美子さんも。
流さんも。
そして、弟のぼくも、もちろん。
それから、それぞれが用意したプレゼントが、姉に渡される。
ただ、あすかさんだけは、入試の準備でプレゼントを用意する時間がなかったらしく、姉に何度も頭を下げていた。
「そんなに謝りすぎる必要ないでしょ?」と、優しく微笑んでいた姉。
オトナだ。
× × ×
「利比古もフォローしてあげてよ」
「あすかさんを?」
「あすかちゃんを」
ダイニングテーブルで、姉と向かい合って会話中。
「推薦入試の追い込みなんだから……彼女も。プレゼントどころじゃないのも、仕方がないよね」
「ぼくには、けっこう余裕があるようにも見えるけど」
「こら」
優しく怒る姉。
「そんなこと言わないのっ。もっとあすかちゃんに気くばりするのよ」
「……うん」
「しょーがないわねぇ、あんたも」
おもむろに立ち上がり、
「利比古、コーヒー飲もうよ」
言うと思った。
「言うと思った」
「ふふん♫」
――で、互いのマグカップに、熱いコーヒーが注がれる。
姉はいつものとおりブラックで。ぼくは砂糖・ミルク両方入りで。
「――プレゼント受け取ってるときのお姉ちゃん、とっても嬉しそうだった」
「なに言うの。当たり前でしょ、とっても嬉しいのは」
「とくに――アツマさんからプレゼント渡されたとき、とってもどころじゃなく、嬉しそうだった」
「どうしてわかるの……利比古」
わかるに決まってるじゃんか。
笑っちゃうの、こらえきれないよ。
「もう……バカにするみたいにっ」
「してないよ」
「しんよーできない!」
「信用してよぉ」
「……」
「やっぱり――アツマさんは、お姉ちゃんにとって、特別な存在なんだよね」
「だ、だれだって、お邸でいっしょに住んでるメンバーは、特別な存在……」
「そういうことじゃなくて」
「なっ」
「きのうも――夜遅くまで、アツマさんの部屋にいたんでしょ」
こんどは、どうしてわかるの……とは言わず、顔を火照らせるばかり。
「スケベ。利比古のスケベ。まだ日曜の午前中なのよ」
「なんでスケベとか言っちゃうかなあ」
あつあつの顔のまま、押し黙り、卓上の置き時計に視線を委ねる、姉。
「……昼食の下ごしらえには、うってつけの時間ね」
「そうなの?」
「そうなの!」
ぱーん、とテーブルを叩いたかと思えば、
「ちょっと手伝いなさい、利比古」
「昼食の準備を? いいけど」
「……料理スキルでアツマくんを上回る、いい機会よ」
「なんでアツマさんを引き合いに出しちゃうかなあ」
「うるさい!」
「はいはい。」
「なーにが『はいはい』よっ」
「ぼくはなにをすればいいの?」
姉は5秒間シンキングし、
「――ジャガイモの皮剥き」
「わかった」
「ただし、ピーラーは使っちゃダメよ。包丁でやるの」
「えっ、包丁でやったことない」
「だったら、教えてあげる」
× × ×
ピーラーと包丁とでは勝手が違い、なかなかじょうずにできない。
「包丁だからって、慎重になりすぎなのかもしれないわね」
姉がお手本を見せてくれる。
くれるのだが、手付きがなめらかすぎて、とても真似できそうにない。
「……お姉ちゃんのようには、できないからなあ」
そう言うと、となりに立つ姉が、なおも距離を詰めてきて、
「もっとちゃんとあんたの手を見ておいたほうがいいみたいね」
と言い出す。
「近すぎない……? あまりにも。そんな間近で見られたら、緊張で失敗しちゃう」
「ヒドっ」
「ひ、ヒドくないから」
「わたし、あんたの姉なのよ」
「それが……なに」
「過保護になってなにが悪いの」
「パーフェクト開き直り発言だね……」
「あんたに対しては開き直れるだけ開き直るから」
「……はぁ」
「ため息禁止」
「……はい」
「利比古」
「?」
「身長の伸びが――さすがに、止まったか」
「――ジャガイモの皮剥き、1ミリも関係ないよね!? それ」
「かんけーあるわけないじゃない」
「……あんまり弟で遊ばないでね」