【愛の◯◯】勇気を出して打ち明ける

 

大企業の社長なのに、アカ子のお父さんが、平日の昼間に邸(いえ)に居(お)られた。アカ子はアルバイトに行っていて、蜜柑さんはダイニングキッチンで紅茶やお菓子の用意をしているので、最初にわたしをもてなしてくれたのはアカ子のお父さんだった。応接間に通され、陽気なお父さんから幾つか質問をされ、それに真面目に答える。

アカ子パパさんが座っておられる革張りソファの手前のテーブル上に、プラモデルと思しきモノが置かれていたので、気になって視線を寄せた。するとパパさんはわたしの視線寄せに気付き、プラモデルの存在に注目してくれたのがとっても嬉しそうに、『蒼穹のファフナー』というアニメに出てきたロボットのプラモであるコトを教えてくださった。

「ちょうど20年前の2004年に始まったアニメだから、さやかさん、2002年産まれのきみはきっと知らないだろう」

そう訊かれ、首肯するけど、アカ子パパさんが長い解説を始めそうで不安になった。

でも、蜜柑さんの足音が応接間の外から聞こえてきたから、わたしの不安は徐々に和(やわ)らいでいった。紅茶や洋菓子を携え、メイド服に身を包んだ蜜柑さんが、この部屋にやって来てくれる。ついに『蒼穹のファフナー』についての長い解説を始めたパパさんの声も気にならなくなり、蜜柑さんが応接間に姿を現すのを、落ち着いて待つコトができた。

 

× × ×

 

蜜柑さんは蜜柑さんの「育ての親」である『お父さん』に厳しく、『お父さん』の長話を遮り、応接間から出ていくのをやんわり且(か)つキッパリと促した。『ファフナー』に未練を残しながらも、彼女の促しに素直に従い、社長お父さんは革張りソファから腰を上げた。

社長お父さんが応接間から出ていったあとで、蜜柑さんはなんと、先程まで社長お父さんの席だった革張りソファに着座した。意図的に置いていったと思われるプラモデルに視線を向けたかと思えば、軽く溜め息をつき、それから背筋をぴーんと伸ばし、

「さやかさん。この家の主(あるじ)がご迷惑をおかけしました。お茶とお菓子をどうぞ召し上がってください」

と言った。

「では、いただきます」

ティーカップを手に取り、蜜柑さんと差し向かいであるがゆえの緊張感を覚えながらも、紅茶を口に含んだ。とてもスッキリとした味わいで、熱(あつ)過ぎず冷め過ぎずの絶妙な温かさで、流石は蜜柑さんだとあらためて思った。小ぶりのシフォンケーキのようなお菓子も、当然のごとく、紅茶の味と響き合っていた。

「さやかさんは、『三つ子の魂百まで』というコトバをご存知ですか?」

蜜柑さんが問う。

「知ってます」

答える。彼女は、『お父さん』に言及しようとしているのだろう。

「あのコトバをまさに体現しているのが、『お父さん』でして。わたしたちが何回呆れても、趣味に固執して、この邸(いえ)の至る所で自分のお遊びに没頭するのをやめてくれないんです」

「アカ子の困った顔が眼に浮かびます」

「わかります」と蜜柑さんがわたしに苦笑い。

「お嬢さまも、ホトホト困っておられるんですが。お嬢さまはお嬢さまで、就職先がおもちゃメーカーに……」

苦笑いに苦笑いで応えつつ、

「血は争うコトができないんですよね」

と、わたしは言ってみる。

「まさに」

同意のコトバを言ってくれたあとで、伸ばした背筋を少し緩め、メイド服スカートの中心の辺りに上品に両手を置き、

「ところで、なんですが」

と言ったかと思うと、真面目さを少し帯びた声で、

「今日はどうして、わたしたちのお邸(やしき)に? もちろん、さやかさんですから、いつ訪ねて来ていただいても構いません。ですけど、昨夜、訪問の『窓口』になったお嬢さまが、さやかさんの電話での話しぶりに尋常でないモノを感じたそうでしたから」

びくり、とカラダが自動的に震えた。よく効いた冷房がわたしの背中に染み込み、肌寒さを形成した。利き手の右手のひらにじわり、と汗が浮かび、シフォンケーキの甘さが舌から消え、甘くない状況が産まれてきているのを自覚した。

「お嬢さまに報告されてから、わたしも考えてみました。考えてみたというのは、『お悩み相談があって、すぐにでも邸(ここ)に駆け込みたいのでは?』という風に。どうやらわたしを相談窓口にしたい。軽いお悩み相談では無さそう。相談窓口がわたしになるのなら、ご相談の中身も、候補が自然と絞られていく……」

わたしは懸命に蜜柑さんと眼を合わそうとしている。でも、ホントに情けないコトに、どうしても目線がズレていってしまう。追い詰められているけれど、蜜柑さんのせいで追い詰められているワケじゃない。それは大前提。昨夜アカ子に取り乱しの電話をかけてしまった時から、今のように追い詰められるのは既定路線だった。既定路線のレールは自分で敷いたモノ。自己責任。自己責任の追い込まれ。

「……幾らでも待ってあげますから、わたし。さやかさんに、打ち明ける勇気が出てくるまで。1時間だって2時間だって3時間だって」

蜜柑さんの口調がとても優しくなっていた。タメ口のような話し方だった。もう完全に彼女はわたしの『お姉さん』になっていた。

いろいろと豊富な経験を持っている蜜柑さん。時に諭(さと)してくれたりもする蜜柑さん。酸いも甘いも噛み分けてきたからこそ、時々はわたしに敢えて厳しく接してくれて、その厳しさがわたしは大好きだった。

過去形なだけじゃない。今も、これからも、蜜柑さんの時折の厳しさが、大好きであり続ける。

蜜柑さんの期待に応えたくて、『大事な打ち明け』をする勇気を出そうと、わたしはわたしのココロを奮い立たせる。

……深く息を吸う。

それから。