【愛の◯◯】年下の男の子はこうやって助ける

 

お久しぶりです読者の皆さま。

蜜柑でございます。

ずいぶん春めいてきたんではないでしょうか。

二十四節気啓蟄(けいちつ)も過ぎましたし、これからどんどん暖かくなって、ウキウキとステップを踏みながら歩きたくなるような、そんな気分も芽生えてくるコトでしょう。

もっともわたし今年で25歳ですんで、年増(としま)メイドの分際でウキウキとステップ踏んでご近所を歩くなんて、できるワケも無いんですけどね。

あ、日曜日なんですが、お嬢さますなわちアカ子さんはバイトに出かけられました。

アカ子さんの模型店バイトも結構長いですよね。

バイトに行かれるのは宜しいんですけど、就職活動のほうはどうしていらっしゃるのかしら。

わたしの出る幕なんてこれっぽちもありません。ですけど、お嬢さまの進路が気にならないワケも無いので。

 

× × ×

 

ぴよぴよと鳥の可愛い鳴き声が窓から聞こえてきます。

窓を背にしてベッドに腰掛けるわたしの眼の前にはムラサキくんがいます。

168センチのわたしより小柄なムラサキくんは床に胡座(あぐら)をかきながら、いささか縮こまっています。

彼が小さく見えます。

どうしてショボくれた感じになっているのやら。

日曜日なんですよ。日曜日だというのに。

「ムラサキくん」

柔らかく呼び掛けて、

「どうしたんですか? あまり元気が無いように見えてしまうんですが」

と言って、

「フィジカル的に元気が無いのか、メンタル的に元気が無いのか。……まあどっちにしても、この部屋で縮こまり続けるのではなく、軽くお散歩でもしたほうが良いように思うんですけど」

と言ってから、彼のコンディションを精査するために、前のめり体勢になります。

うーん。

お散歩でリフレッシュというよりは、こういうコンディションならば……。

「ムラサキくん。わたしの推理なんだけど」

タメ口に移行するわたしは、

「メンタル的にヤラれてるみたいね」

とズバリ言い、

「昨日、あなたのサークルに出入りしてる女の子たちに、コテンパンにいじめられちゃったとかじゃないの??」

ムラサキくんの顔が上がりました。

図星の証(あかし)。

「どうしてわかったんですか」

冴えない顔色のムラサキくんは、

「まさに昨日でした。サークル部屋で、3人の女子から、罵倒の集中砲火……。もともと少食なのが、さらに少食になって、今日の朝ご飯も、オニギリ1個だけで」

それはよろしくありませんね。

「ぼくの活動にツッコミ入れたい気持ちは分からなくもないですよ。だけど、音楽鑑賞サークルなんだから、自分が産まれる前のJ-POPのヒット曲について長々とレジュメを作成したって、全然いいじゃないですか。それなのに、彼女たちはどこまでも、許してくれない……」

ボーイソプラノ、かつ、終始弱りに弱った、長台詞でありました。

いいえ、『長台詞』なんて言っちゃいけませんね。

彼は、真剣かつ深刻に言っているんですから。

いったん上がった目線がまた下がっちゃっています。

食欲不振に、メランコリーの持続。

『助けてあげなきゃ』

そういう気持ちが、高まってきました。

ですからわたしは、ベッドから立ち上がります。

床で塞ぎ込んでいるムラサキくんと同じ目線になります。

今朝からずっとメイド服でしたので、若干はしたない床座りではあるんですが、急を要するので、

「わたし、あなたがとっても心配」

と言いながら、自分の右手を彼の左肩に置いてあげます。

左手も動かさないワケには行かず、右肩にそっとタッチします。

「なぐさめてあげたいわ」

と告げて、それから、肩に置いた両手をいったん離し、彼の背中に腕を回して、一気に抱き込んでいきます。

 

『み、み、み、みかんさんっ。どうしてっ』

 

ムラサキくんのボーイソプラノのキーが上昇しています。

上昇するのも仕方が無い。

いきなり包み込まれたんだものね。

だけど分かって。こうするしか無いと思ったのよ。

 

男の子をこうやって包み込むの……久しぶりだわ。

 

「ごめんなさいね。年増なのに、いきなりこんなスキンシップしちゃって」

「……」

「型通りの沈黙ありがとう」

少しは顔色も良くなったかしら、と思いつつ、

「1999年産まれの年増だから、現実に直面して焦ったり悲しくなったりもするの。でも、それはそうとして、今この瞬間は、境涯を嘆いている場合じゃないから。あなたを助けたい一心なの。だからあなたを包むのよ」

と堅実に語って、

「だけどやっぱり、25歳のオバサンにこんなコトされるのは、イヤかしら」

と、包むチカラをちょっと弱くします。

 

数分間の静寂。

 

やがて、ムラサキくんが、

「オバサンだなんて、言わないでくださいっ。『おねえさん』で、いいじゃないですかっ」

というツッコミを。

わたしはすぐに、

「嬉しいわ、そういう風に言ってくれると。あなた以外にそんなこと言ってくれるヒト、ぜーんぜん居ないんだもの」

「……居るでしょう。何人かは」

「わかってないのね」

「なにをですか」

「宿題よ。簡単な、宿題。『おねえさん』のわたしから、カワイイあなたへの……」