【愛の◯◯】弄(もてあそ)んでいたつもりが、ビックリ・ドッキリ

 

メイド服を着ているわけではないので、遠慮無くベッド上に脚を投げ出すことができます。

だからわたしはベッドに乗るやいなや、両脚をまっすぐベッドの端に向けて伸ばしてみました。

両脚の先には小柄な男の子。

カーペットで縮こまっているので、ひときわ小柄な男の子に見えてしまいます。

彼の名は――そう、ムラサキくん。

 

× × ×

 

「ムラサキくん。あなたとわたしがこういうシチュエーションになるって、スポーツの日以来よね?」

言うまでもなくスポーツの日以来、なのですが、敢えてムラサキくんに向かって問い掛けてみます。

わたしもイジワルだこと。

メイド服ではなく普段着だからかしら?

普段着のわたしにムラサキくんはタジタジなご様子。

コトバが出てこないご様子。

そんなカワイイ彼がちょっぴりカワイソウになって、

「ごめんなさいね。前にわたしの部屋に来たのが何日前かなんて、どーでもいいことよね」

と謝って、そのあとで自分の下ろした髪を弄(いじ)り、弄(いじ)るとともに弄(もてあそ)びな気分で、

「漫画でも読んだら? もっとも8割は少女漫画だけど」

と言い、

私見だけど、ムラサキくんって少女漫画にも興味ありそう」

と自分勝手に言い、

「前回はCD棚を見てもらったから、今回は書棚を見てほしいわ」

と、わたしよりも低い位置にいる彼に視線を注ぐ。

『入り口近くに腰を下ろしてほしくない』という気持ちもあった。彼に立ち上がってもらって『位置』を変えさせたかった。

書棚を見てほしいという頼みを断れない彼が、ゆっくりと腰を上げてくれる。

 

× × ×

 

「少女漫画でも、巻数多い漫画はたくさんあるんですね」

腰を下ろす場所を移してくれたムラサキくんが言う。

「そうね。『スキップ・ビート!』とか長いわよね。それに、昭和の頃から続いてる少女漫画だってあるし」

「昭和の頃から続いてる少女漫画って、何作品あるんでしょうか?」

普段着の格好で普段着の態度のわたしは依然ベッド上。わたしから見て左斜め前の位置に腰を下ろしているのがムラサキくん。

左斜め前の彼に、

「知らないわ。数えようとしたこともないし、調べようとしたこともない」

とイタズラめいた口調で答える。

イタズラな◯◯状態のわたしは、

「巻数が云々だとか長期連載が云々だとかよりも。無かったの? あなたの気を引く漫画は」

口ごもるムラサキくん。

ほんのちょっとだけ反省して、

「ま、無理して読まなくたっていいのよ。無理強い気味だったかもしれないし」

と言ってみる。

それから、

「と・こ・ろ・で」

と話題を転換させることで、うつむき加減だった彼の顔を上げさせようとする。

わたしの注文通り、彼の童顔の向きが上昇。

わたしと彼の目線がほとんど重なる。

重なったのを良(い)いことに、

「わたしに1つ気掛かりなことがあって。というのはね、わたしの喋りかたのこと。なんだか近頃、タメ口になると昔のタメ口とは全然違ったふうになっちゃうのよ。普段敬語だけで暮らしてるから、昔タメ口でどんなふうに喋ってたのかを忘れちゃったのかしら」

「蜜柑さんは、現在(いま)の自分自身の喋りコトバが好きになれないんですか?」

「なれないわね」

『わね』とか『かしら』とか『のよ』とか、10代の頃はほとんど語尾にくっつけなかった。それなのに、現在(いま)は。

「高校生時代とか、もっと普通の女の子の喋りかたしてたはずなのに」

そう言ってから、嘆きを籠めて、

「これが、『浮世離れ』というもの、なのかしら?」

と言い、やや大げさに肩を落としてみる。

オーバーリアクションだったかしら。

だったわよね。

オーバーリアクションへの反省。それと同時に、浮世離れの喋りかたを脱却できない自分への軽い嫌悪。

『余談に過ぎないことを引っ張ってもいけないわよね。あまり気にしないで。忘れてもいいから』と言おうとした。

しかし、わたしが声を発する前に、

「気掛かりにし過ぎなんじゃないでしょうか?」

と真面目なるボーイソプラノの声でムラサキくんが言ってきたから、ビックリ。

「ぼくの知り合いで現在(いま)の蜜柑さんみたいな喋りかたの女子結構居ますよ? そもそもこの邸(いえ)の『お嬢さま』だってそうじゃないですか」

「『お嬢さま』というと……アカ子さん」

「そうです」

「わ、わたしは、アカ子さんとは『差別化』を図りたい気持ちも」

「『差別化』を図るために過剰に無理をしちゃうんですか?」

微笑して問い掛けられたから、わたしはドッキリ。

さらに、

「あのですね。蜜柑さんの部屋に入って緊張しちゃってたから、なかなか切り出せなかったんですけど」

き……切り出す? なにを!?

「『お誘い』をしたかったんですよ、ぼく」