【愛の◯◯】蜜柑さん、襲来す

 

6月もきょうで終わり。

あっという間だな。

やれやれ……。

 

× × ×

 

『MINT JAMS』のサークル部屋に、ムラサキが入ってきた。

 

「おぉ、久しぶりだなムラサキ。…金曜にアカ子さんの邸(いえ)に行って以来か」

「はい。

 ……あの、しばらくあれから、こころの整理整頓がつかなくって……それで、ここにも来れませんでした」

 

モジモジとしながら高い声で言うムラサキ。

ふむむ。

 

「おまえが過剰に気に病む必要ないんだぞ?」

「でも……」

「……まぁなあ。暴走した蜜柑さんにイチャつかれたショックは、デカいわなぁ」

「……」

「悪いのは、蜜柑さんを酔わせた人間だ。つまり、主に責任は星崎にある。で、おれにも責任は少なからずある……」

 

思わず、金曜の出来事を想い起こしてしまう。

想い起こしたことで、声のトーンが淀んでくる……。

 

どよんどよんと、

「おれ、蜜柑さんに、とんでもないことしちまった……酒を飲ませるのは、止められたはずなのに……酒の破壊力は恐ろしい……」

「そ、そんなに落ち込まないでくださいアツマさん、アツマさんのせいだけじゃないんですし」

「でもよぉ…」

 

× × ×

 

すっかり反省会モードと化してしまっている。

 

「ムラサキ、繰り返すようだが、おまえはなんにも悪くないんだぞ」

「そっ、そんなに暗い眼にならないでくださいアツマさんっ」

「…アカ子さんに、あらためてお詫びの電話をしなきゃならんのだろうか。蜜柑さんにも、ちゃんと…」

 

おれがうつむきながら言いかけたとき、

控えめに部屋をノックする音が聞こえた。

 

だれだろう。

茶々乃さんかな?

 

「はい…」と暗い声で言いながら、おれはドアを開けた。

そこに立っていたのは、

スラリと背の高い、

見覚えのある女性。

見覚えのある――、

 

って、

 

みみみみみみ蜜柑さんッ!?!?!?

 

 

なぜだ!?

なぜなんだ!?

蜜柑さん……アカ子さんのお邸(やしき)を出て、おれらの大学にッ!?

学生会館の、サークル部屋を、蜜柑さんが訪ねてきたッ!?

ドアを開けたら、いきなり蜜柑さんッッ!?!?

 

 

非常に気が動転している。

ムラサキもあんぐりと口を開けている。

 

間違いない、蜜柑さんだ。

メイド服こそ着ていないが。

 

彼女は非常に恐縮そうに、

「あのぅ……わたしのかっこう……なにかヘンだったでしょうか……」

おれはひとまず、

「大丈夫です、かっこうは、なんにもヘンではないです。気にする必要はないです」

ないですけれども、

「気になるのは……どうやって、ここに? なんのために、ここに?」

「キャンパスは知っていたので……。学生会館の場所は、守衛さんにお訊きしました」

あ、普通に訊いたんですね。

「幸い、すぐにサークルのお部屋を、見つけられて……。

 あのですねっ、

 さ、サークルをお訪ねしたのは……その……」

 

おれたちふたりに対して平等に赤くなって、

おもむろに、

 

とっとりあえずっ、つまらないものですけどっ!

 

お菓子。

とーっても高級そうな、お菓子。

 

「…ありがとうございます、受け取ります」

「…アツマさん!」

「はい……?」

わたし、金曜のことで、直接謝りに行きたくって! それで、ここに来たんです! アポ無しになっちゃいましたけど!!

「――蜜柑さん、蜜柑さん、落ち着いて」

「――」

「わめかなくても」

「――アツマさんにも、ムラサキくんにも、たいへん申し訳なく」

「申し訳ないのは、おれのほうですよ。星崎が酒をすすめるのを、おれが止められていたら」

「自己責任です……わたしから進んで缶ビールを手に取ったんですから」

「いえいえ、蜜柑さんのせいじゃありませんよ、じぶんを責めすぎないで」

「だけど……あとで、お嬢さまに言われたんですけど……、

 アツマさん、ベロンベロンに酔っぱらったわたしを、上の部屋まで運んでくれたって………!

 

うあぁ……。

痛いところを突かれた……。

緊急事態だったし、むしろアカ子さんには感謝されたんだが、

あのときを思い出すと、運んだおれのほうにしても、

顔から火が出てきそうになっちまう……。

 

無論、運ばれた蜜柑さんのほうも、

顔から火が出てきそうな状態だ。

 

 

…蜜柑さんは、顔を炎上させたまま、こんどはムラサキに対して、

「ムラサキくんには……もっと、すみませんでした……」

「いっいいんです、いいんですよ!! 蜜柑さん」

あたふたするムラサキに、

「いいわけありませんので、このとおり、このとおり、」

お詫びの頭下げを蜜柑さんは重ねていく。

 

ムラサキがうろたえるぐらい頭下げを重ねたあとで、

ふと、

「――ムラサキくん、」

「はははいなんでしょう蜜柑さん」

「わたし――何回、ムラサキくんのからだに密着しました?? 憶えておられませんか??」

 

ぐ……と極度にうろたえながらも、ムラサキは苦悶の声で、

 

おぼえて、おられません…。

 はずかしくて……ぼく、おぼえておられません

 

「――そうですか。」

伏し目がち、照れがちに、蜜柑さんは、

「恥ずかしいのは、ぜんぶわたしです。

 ――恥の多い夜でしたね

 

なにも言えないムラサキに、

 

「どうやって、埋め合わせましょうか――?

 ムラサキくん! 

 なんでも言ってください、

 なんでもしますからっっ」

 

すごい勢い。

ムラサキに迫りくるような、怒涛の迫力。

 

――、

『なんでもしますからっっ』と蜜柑さん言うけれど、

かえって、ムラサキも困るよな。

 

微妙な雰囲気。

 

面倒くさいことに――なる前に、未然に。

 

「まーまー、蜜柑さん」

「ア、アツマさん……!」

「まったりしましょうや」

「!? まったり、とは」

「ここは音楽サークルなんです」

「存じて、おりますが……」

「好きな音楽でも聴いて、まったり行きましょうよ~」

 

笑顔を、精一杯。

ここが勝負の分かれ目だっ。

 

「蜜柑さん……いま、どんな曲が聴きたいですか?」

「えええええ、どんな曲――と言われましてもっ」

「――訊きかたがイマイチでしたね。

 蜜柑さんの好きな音楽――おれは、教えてほしいかな、って」

「わたしの……!?」

「『なんでもしてくれる』んでしょう?」

「そ、それは、ムラサキくんに対して、ですね」

対象を拡大してください

!?

「ワガママ――言うみたいですけど、

 教えてください。

 もっと、教えてくださいよ――蜜柑さんのこと。

 おれのためにも――そして、ムラサキのためにも、ね」