ハルくんと電話。
「おはよう、ハルくん」
『やぁおはよう、アカ子』
「元気かしら?」
『もちろん元気だよ』
「それはそうよね。声からして、とっても明るいし」
『きみは?』
「わたし? わたしも元気よ。ただ……」
『?』
「あなたほど脳天気にはなれないわ」
『えっ……』
「……ごめんなさい、言い過ぎてしまったわ。忘れてちょうだい」
バカにするつもりなんてなかったのに――口が滑っちゃった。
良くない。
「ポジティブなのよね、あなたは。いつでも」
『お。ホメてくれてる?』
「ホメてるわよ」
『やったぁ!』
「あなたをホメられるところは、いくらでもあるけれど――」
『――嬉しいな』
「全部、言ってほしい?」
『ぜ、全部は…時間がかかるんじゃないの』
「そうね。それもそうよね」
『…とっておいてよ』
「ええ。とっておきにしておく」
× × ×
「…ハルくん。わたし元気なんだけれど、忙しくもあるの」
『会社がらみで??』
「そう。大学生になってから、お父さんの会社がらみで、あちこち出向くことが増えて」
『出向くって、どこに?』
「企業秘密よ」
『うぉ』
「企業秘密。――わかってね」
話題を転換したいわたし。
「――ハルくんは、車の免許、とらないの?」
『車の免許?? いきなりだな』
「とってくれたら、わたし嬉しいわ」
『え~~、面倒くさいや』
「あのねえ」
『ちょちょっ、アカ子、いきなり怒らないでっ』
「ひょっとしてナマケモノ!? あなた」
『……そんなことはない』
「免許合宿に、放り込んでみたくなるわ……」
『こ、こわいってば、アカ子』
× × ×
『そういうきみはどうなんだよ。もしかして、おれに内緒で免許をとってた…とか』
わたしは思わずクスリ、と笑って、
「…内緒。」
『えええっ、教えてくんないの!?』
「そのほうが、面白いじゃないの!」
『お、おれは面白くない』
「まーそうよね」
『アカ子……か、からかってる!?』
面白くて、笑い出しちゃうわたし。
スマホの先の彼が、無言になる。
× × ×
わたしのバイト先の生意気な小学生のこととか、
ハルくんのおうちに久しぶりに行ってみたいということとか、
今度のデートはいつにするかということとか、
そういうことを、話した。
当然、通話のイニシアティブを握っていたのは、わたし。
通話を終えて、スマホを置いた。
仰向けに、ベッドに寝転んだ。
そして、天井を見ながら、微笑ましい気分でいっぱいになっていた。
× × ×
――ところで。
実はいま、この邸(いえ)には、お客さんがふたり来ている。
すっかり蜜柑と打ち解けあったムラサキくん。
そして、ムラサキくんと同じ大学で同じ学年の茶々乃(ささの)さん。
× × ×
1階の応接間では、ムラサキくんと茶々乃さんのふたりを蜜柑がもてなしている真っ最中だ。
ふたりのことは蜜柑に任せっきりで、じぶんお部屋でひたすらグダグダしているわたし。
――悪い子ね。
自主制作したチャイロイコグマのぬいぐるみを枕元に置く。
そして、ときおり寝返りをうちながら、ベッドで怠惰な時間を過ごす。
……わたしは、蜜柑とムラサキくんのこと、だけではなく、茶々乃さんのことも気になっている。
『茶々乃さんは、ムラサキくんのことを、どう思っているのだろう?』
要約すれば、こうなる。
……悪い考えだ。
蜜柑に「読んでください!」と言われて読んだ、とある少女漫画の影響を受けすぎているのかもしれない。
× × ×
よこしまな想像に浸っていたら、よこしまな『ひらめき』が浮かんできた。
素早く起き上がり、勉強机に歩み寄る。
左側の引き出しを開ける。
引き出しのなかには、
展覧会のチケットが……ちょうど3枚。