悪酔い気味だったのかしら。
起きたい時刻よりも遅くに眼が覚めてしまった。
昨夜(ゆうべ)のアルコールの名残りがある。
もっとも、このぐらいの名残りならば、少し時間が経てば跡形もなくなると思うけれど。
朝の鳥の合唱も聞こえてこないような時間帯。
身を起こしたわたし。一方、あすかちゃんは未だ夢を見ているのか、ベッドにゴロリと寝転んで寝入っている。
昨夜(ゆうべ)、わたしとあすかちゃんはいつの間にか眠りの世界に入っていた。
どんな体勢で眠りの世界に突入したのかも思い出せない。
幸いなことに、今の寝顔を見るに、あすかちゃんはアルコールに呑まれたというわけではなさそう。
むしろ、呑まれたのは、わたしのほうかもしれないわね。
――ともかく、あすかちゃんは寝かせておいてあげたい。
安眠を妨げたくない。
音を立てないようにベッドから立ち上がり、鏡台に歩み寄って、ブラシを手に取り、柔らかく髪を整えていく。
鏡台に映る自分の顔を眺めていたら、背後であすかちゃんがむくり、と起き上がる気配がした。
振り向いて、
「おはよう」
と言ってあげる。
「よく眠れたみたいね。なによりだわ」
「ハイ」
あすかちゃんは元気に、
「悪い夢を見ることもなく」
「良かった。ひと安心だわ」
「アカ子さん」
「なにかしら?」
「わたし、どんな夢を見てたと思います?」
「ん……」
「お菓子を。お菓子を食べてたんですよ。もちろんアカ子さんとふたりで」
「お菓子?」
「お菓子です。もちろんもちろんアカ子さんのほうが、たくさんお菓子を食べてて」
「……おかしな夢だったのね」
× × ×
蜜柑が調理した遅めの朝ごはんをふたりで味わった。
「アカ子さんの朝ごはんって、いつもこんなに山盛りなんですか?」と、あすかちゃんが蜜柑に訊いた。
即座に首を縦に振る蜜柑。
少し恥ずかしくて、蜜柑に不満の視線を送ってしまった。
……それはいいとして。
お泊まりから帰っていくあすかちゃんを、わたしは玄関まで見送る。
「また今度」と、元気に手を振りながらあすかちゃんは正門に向かって歩いていく。
歩いていくあすかちゃんの姿が見えなくなるまで、わたしは見守ってあげる。
時刻は正午に着実に近づく。
遅ればせながら、わたしの1日が始まる。
× × ×
15時15分に商店街の模型店に到着した。
運動会や学芸会の振り替え休日なのだろう、店内や併設のミニ四駆サーキットには既に小学生の姿も見える。
自分で制作したエプロンを装着して、わたしはレジの前に着席する。
アルバイトの時間が始まった。
プラモデルなどを買い求めに来るお客さんもなかなか居らず、いつの間にか右腕で頬杖をついてしまっていた。
『どーしたんだよー? アカ子ねーちゃーん』
常連の男の子が眼と鼻の先に立っていることに気づく。
「いたのね、ダイくん」
『ダイくん』という名前とは裏腹に、スッキリとした体つきの男の子。
だけれどまだ小学生なんだから、これから『ダイくん』という名前に相応しい体つきに育っていくのかもしれない。
「オレの存在に気づかなかったのかよ」
「ごめんなさいね。気づけなかったわ」
「考えごとか? ねーちゃんにどんな悩みが」
思うこと、想うこと、考えること、悩むことなら……胸の奥底にいろいろある。
だけれど、そういったことをこの子に打ち明けたって、しょうがないのよね。
しょうがないんだし、高学年とはいえ、男子小学生にはまだ難しいわ。
「ダイくんには教えてあげない」
「ええーっ」
「オトナになると秘密も多くなるのよ」
「オトナって、ねーちゃんまだ大学生だろ」
「わたし21歳なんだけれど」
「でも、社会人なわけじゃないだろ? アレだろ? ねーちゃん『もらとりあむ』なんだろ、『もらとりあむ』」
「あなたどこでそんなコトバ知ったのよ」
「ガッコの先生が教えてくれた」
「ずいぶん先進的な先生なのね」
「『せんしんてき』??」
今日は小学生以外に来客の気配がしない。
頬杖をつきながら溜め息をついても許されると思って、実行する。
ダイくんの顔が戸惑い気味になる。
「おいおいアカ子ねーちゃん」
「なあに? もしかすると、わたしを心配してくれてるのかしら」
「するよ。ケーオーだいがくの『たんい』、落っことしたか」
「こら。ダイくん、ひとこと多いんだからっ」
「ど、どこがひとこと多いんだよ」
敢えて返答してあげずに、
「ダイくん。ひとつだけ教えてあげるわ」
「教えてあげるって、なにをだ? 1日何時間勉強したらケーオーだいがくに合格できるか、とか?」
おバカ。
わたしの通ってる大学名を強調したうえに、『何時間勉強したら、大学に……』とか、小学生にとっては気が早すぎることを言い出して。
ほんとーにもう。
「突拍子も無いこと言うんじゃないわよ」
「……」
「あのね。わたしが教えてあげたいのは」
「……のは?」
「秋が、物思いにはうってつけの季節だっていうこと」
やはり、ダイくんは、キョトーン状態。
すかさず微笑みかけて、その微笑みを持続させて、
「あなたが高校生ぐらいになったら――わたしの言ってる意味が分かるかもしれないわ」