お邸(やしき)の窓がピカピカになりました。
お掃除は、カンペキです。
今日は日曜日。
今、このお邸(やしき)には、わたくし蜜柑ひとりだけ!
お父さんとお母さんは所用で外出。
お嬢さまも、アルバイト先の模型店に。
繰り返しますが、お邸にひとりだけなんです。
好き放題に過ごすことのできる、日曜日!!
× × ×
せっかく好き放題に過ごせるので、わたしは「あること」を目論んでいました。
それは。
それはですね。
ムラサキくんと――好きなだけ長電話すること、です。
お嬢さまが居たらマズかったのです。
お嬢さまは必ずや、ムラサキくんとの長電話を邪魔してくることでしょうから。
ですが、お嬢さまはアルバイトに行っているのです!!
心ゆくまで長電話が可能な状況なのです!!
× × ×
というわけで、自室の机の前の椅子に腰掛けて、スマートフォンを手に取るわたし。
電話帳の「ムラサキくん」のところまでスクロールします。
いちおう、ひと呼吸置いて、通話ボタンを押します。
× × ×
挨拶そのほかテンプレートなやり取りは既に終わりました。
今、わたしとムラサキくんは、「音楽談義」をしています。
お互いが最近聴いている音楽についてトークしているのです。
「ジェフ・ベックさんが亡くなったので、ジェフ・ベック・グループのアルバムを聴いているんですよ」
『『ブロウ・バイ・ブロウ』とかですか?』
「よくわかりましたね。大正解です」
『蜜柑さん、趣味いいですね』
ホメられちゃいました。
嬉しい。
嬉しいんですが、わたしは謙遜して、
「ほとんどは、お嬢さまの受け売りですよ」
『またまたぁ』
「お嬢さま――アカ子さんの趣味の良さの何割かを、享受(きょうじゅ)してるだけです」
『難しいこと言うんですね、蜜柑さんも』
ムラサキくんのハニカミ顔が眼に浮かんできそうです。
浮かぶから、胸がほんのちょっと、くすぐったくなります。
「難しくて、ごめんなさい。自分でも良く分かってないボキャブラリーでしゃべるから、伝わりにくくなるんでしょうね」
『いえいえ。気にしないでくださいよ』
「優しい」
『優しいですか?』
「ええ、とっても」
『そう言ってくれて嬉しいです』
わたしも胸がいっぱいですよ、ムラサキくん。
× × ×
「ところで――ムラサキくんは、80年代後半の日本のヒット曲がマイブームだって言ってましたが」
『ですね』
「具体的には、どんな曲を聴いてるのかしら」
ムラサキくんが、曲名を列挙していきます。
なるほど……。
まさにバブル期、といった感じの。
「でもどうして、自分の親御さん世代の楽曲を、そんなに聴いてるの?」
いつの間にかタメ口モードに突入して、尋ねます。
すると、
『そうですねえ、『音』が好み、だからかな』
「音……」
『漠然としてますけどね。80年代邦楽特有の音がある、と思うんですよ。これは、80年代シティ・ポップにも言えることだと思うけど』
「竹内まりやとか――」
『はいはい。海外でバズった『プラスティック・ラブ』だったり……もっとも『プラスティック・ラブ』は84年の曲で、ギリギリ80年代前半ですけど』
語りますね。
すごい、さすがは音楽鑑賞サークルに所属してるだけある。
「歌詞は、どうなのかしら?? ――ほら、ムラサキくん、歌詞の分析に熱心になってるんでしょう??」
わたしは訊くのですが、
『んー、あのへんの年代の曲は、歌詞よりも『音』、ですかね』
「――そうなの」
『ハイ。
荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』の歌詞を分析したって……って感じで』
苦笑するムラサキくんの顔が見えてきそうです。
ですが、わたしは、
「もっと徹底したほうが――いいんじゃないのかしら」
『エッ、厳しいですね、蜜柑さんも』
だって。
「だって、『ダンシング・ヒーロー』の歌詞を分析することで、見えないものが見えてくるかもしれないじゃないの」
『見えないものが、見えてくる……』
そうよ。
「そうよ。お説教するわけじゃ、ないけれどね」
『いえいえ。
ぼく、蜜柑さんになら、お説教されても、傷つきませんよ??』
うそっ。
それ、ホンキで言ってるの、ムラサキくん。
『お説教してくださいよっ、いくらでも』
「……」
『あれ。蜜柑さーん??』
「……」