朝。
洗面台から離れて、あすかに問いかけてみる。
「なあ。――サッパリしてるだろ?? いまのおれ」
あすかは、怪訝な眼つきで、おれを見るばかり。
なんでだよ。
「ひげを入念に剃った。肌の手入れもした。この前散髪もしたばっかりだし、清潔感に満ち溢れてると思わないか」
「……」
「なあ? どう思うよ」
……おれの妹は無残にも、
「いつもと…ぜんぜん変わったようには見えないんだけど」
と言ってきやがる。
「そ、そ、そんなことなかろう??」
取り繕うが……ショックを隠しきれない。
悪あがきで、
「就活に向けて――サッパリとした印象を出していこうと、努力したし。いつものおれより確実に、サッパリスッキリとなっている、はずなんだ」
「お兄ちゃんのサッパリしようとする努力……サッパリ実を結んでない」
ドガーン。
「なーんか、モッサリなんだよね……とくにいまは、寝起き直後ということもあってか」
モッサリって言わないでくれ、妹よ。
「清潔感を前面に押し出すのなら、もっと根本的なところから変えていかなくちゃダメなんじゃないの?」
「根本的なところって……どこだよっ」
「中身。」
「な、中身ってなんだよっ」
「それはじぶんで考えて。」
「んなっ……」
× × ×
うなだれて朝飯を食った。
ごはんをおかわりしてしまった。
× × ×
――あれ? 変だぞ。
いつもの登校時間をとっくに過ぎているのに、あすかが悠長に居間でくつろいでいる。
朝8時台の情報番組をザッピングしている妹。
そんな妹に、
「あすか。不良になっちまったのか、おまえは」
と思わず言う。
そしたらば、
「なにを言っているの? お兄ちゃんは」
とテレビ画面を見続けながら言ってくる妹。
「きょうって何月何日か、知ってるよね」と妹。
「……あたりまえだ。2月1日だ」とおれ。
「まったくもう」
「なんなんだよ、まったくもう、って」
「しょーがなさすぎ兄貴だ」
「ぬな」
「わたし、高3。きょうから、2月。つまり、自由登校」
「――あっ」
「把握した?? お兄ちゃん。登校してもしなくても良くなったの。だから、こうやって、自由に朝を過ごしてるんだよ」
× × ×
高校時代のことを完全に忘れ去ってしまっていた。
そうか、そういうことなのか。
すでに推薦で大学合格が決まっているあすかは、優雅なぐらいユッタリと、自宅で過ごすことができるんだ……。
× × ×
昼前。
「お兄ちゃんも長期休暇に入ったんでしょ? 在宅してるヒマ、あるの? 就活だったり、バイトだったり、いろいろあるんじゃないの?」
居間のソファで謎のぬいぐるみをいじりながら、あすかがおれを問い詰めてくる。
「――あることは、あるけど。きょうとあすは、バイトのシフト、入ってなくて」
「――就活のほうは」
「それはだな。……まあ、助走をつけてる、って感じだ」
「ビッミョ~~」
微妙な反応で悪かったな。
こっちだって、微妙な事情があるんだよ。
「助走って、なに!? 詳しく言ってよっ」
「説明すると、長くなっちまうから――」
「めんどくさいんだ」
「ぐぅ……」
嘆きとため息のあとで、
「妹として、お兄ちゃんのことが心配で仕方がなくなってくるよ」
とあすか。
「ホエール君だって、お兄ちゃんのこと心配してるよ。……だよね? ホエール君。お兄ちゃん、内定とれるのかなあ??」
とあすか……。
というか。
ホエール君って、なんじゃい。
……どうやら、いま、あすかが抱きかかえているクジラのようなぬいぐるみが、『ホエール君』なようだが。
「…腹話術でもするつもりか? おまえ」
「見当違い」
「ぬいぐるみに語りかけるなんて、小学生じみたマネを…」
「見当違い」
「け、『見当違い』を2回繰り返すなや」
「ウザっ」
「ウザいのは、おまえのほーだっ!!」
ホエール君ぬいぐるみを右手で握りしめ、おれに向かって突き出してくる。
そして、
「ぼええ~~っ」
と叫んでくる、妹……。
「……なんのマネだ」
「ホエール君が、吠えたんだよ」
「……いまのが、ホエール君の、鳴き声だってか!?」
「そうだよ、悪い!?」
「……クジラって、そう鳴くのか??」
「わかるわけないじゃん。文系だし、わたし」
「あのなー……」
「あのなー、じゃ、ないよっ」
急に妹は立ち上がり、
「ラチあかないじゃん。ホエール君2号も部屋から持ってくるしかなくなったじゃん」
茫然自失のおれに背を向け、
じぶんの部屋に続く階段方面に……あすかは、歩いていく。