【愛の◯◯】愛兄弁当(あいあにべんとう)

 

目覚まし時計が鳴るよりも早く、目が覚めた。

 

朝だ。

誕生日の朝。

 

むくり、とゆっくり起き上がる。

ホエール君(1号)を取りに行って、ベッドに座りながら、彼のぬいぐるみを、ふぎゅ~っ、と胸に抱きしめる。

 

「ホエール君~っ。わたし誕生日だよ~っ。

 18歳~~。

 18歳になった~。

 だから、5ヶ月間だけ、おねーさんと同い年!」

 

抱きしめながら、ホエール君ぬいぐるみに語りかける。

ひとりごと、だけど、どうせだれにも聞こえていない。

 

――18歳か。

18歳になったら、できることって、なんだっけ?

――思いつかないや。

それはともかく、

オトナの階段、またひとつ、のぼっちゃった感じ。

 

誕生日なのがうれしくて、お気に入りの楽曲を詰め合わせたプレイリストを再生して、テンションを上げていった。

お気に入りのなかでも、とくにお気に入りな曲の、厳選プレイリストだ。

 

× × ×

 

「ホエール君、これからもがんばっていくね、わたし」

そう言って、ホエール君をナデナデして、

それからわたしは、階下(した)に行くことにした。

 

おねーさんは早起きだから、もう階下にいるかな?

 

 

…で、ダイニングの近くに来てみたら、

なんと、お兄ちゃんが、もう起きていて、

わたしを待ち受けるようにして、立っていた。

 

「どうしたの!? そんな早起きで。お兄ちゃんらしくないじゃん」

「あすか。『おはよう』は?」

「…おはよう……」

「はい、おはよう」

 

笑顔のお兄ちゃん。

不気味なくらい、笑顔。

 

「……おねーさんは?」

「朝飯作ってる」

「なら、キッチンに行って、おねーさんにも『おはよう』って言ってくる」

おーーっとっと!

「な、なに、なに」

「『きょうはなんの日?』って話だよな、あすか」

「……決まってるじゃん、なんの日かは」

「なんの日だぁ~」

「……誕生日っ。わたしの、誕生日っ」

「そうだよなぁ!!」

「……どうしちゃったのお兄ちゃん? 変なテンションで」

 

不審がっているわたしに向かい、

 

「兄として言わせてもらう」

「……え?」

「――おめでとう、誕生日。あすか」

「前置き……必要あった? 『言わせてもらう』とか」

「おれが『おめでとう』と言ってるんだから――もっと、よろこべよ」

「――ありがとう、とりあえず」

「『とりあえず』とか、余計な」

「……わ、わたしっ、おねーさんにも祝福してもらいたいから、早くキッチンにっ」

「まあまあ、そう、あわてんな」

「あわててないよ! …わたしを引き留める理由でもあるわけ? お兄ちゃん」

「ある」

「なんなの、もしかしたら、プレゼント、用意してたりとか」

「惜しいな~。でも、ちがう」

「ほかになにがあるわけ」

「…おれさ、さっきまで、キッチン使ってたんだ」

「…おねーさんの前に?」

「ああ。早起きして」

「…なに作ってたの」

「わからんか?」

 

そこはかとなくイヤな予感がするけど、

「わかんない…」

と言っておく。

 

「――プレゼントよりも先の、プレゼント、ってところかな」

 

いつもよりだいぶ早起きの兄。

そしてキッチンを使っていた兄。

なんのためか――。

 

『プレゼントよりも先の、プレゼント』

 

兄の言っている意味が、徐々に呑みこめてきてしまって……怖くなってきた。

 

動揺を隠せないわたしに、構うことなく、

 

――弁当、作ってみた

 

と、衝撃の事実を、明るい笑顔で伝えてくる、兄。

 

「弁当、作ったから、学校に持っていけ。ダイニングテーブルに置いてある」

 

お兄ちゃんが……わたしの……お弁当を……

 

「なんだよあすか。のたうち回るみたいになって」

 

だって……こんなの、はじめてだし……

 

「あーっ、はじめてかもなあ。

 名付けて、愛兄弁当だ」

 

「あいあにべんとう……???」

 

 

兄がお弁当を作ってくれたのが、大ショックで、

愛兄弁当』という響きの気持ち悪さすら、感じなくなっている。

 

 

「…せっかくの『愛兄弁当』なんだ。おれもがんばったんだから、感謝してくれよな?」

「感謝は……食べてから。」

「なぜに」

「食べて……美味しかったら……『ありがとう』、って言うから」

「美味しいに決まってんじゃんかよ~。なにせ、おれの、兄の、愛情が――」

それ以上言わないでえっ

「なんで?」

「――恥ずいから」