…お久しぶりです。
え?
「あなただれですか」って??
…わたくし、永井蜜柑と申しまして。
アカ子さんのお邸(やしき)に同居しているメイド……という説明で、分かってくださるでしょうか。
それとも説明不足ですかね。
…とにかく、住み込みメイド蜜柑の「お当番回」でございます。
「本編」に3ヶ月近く登場していなかったので、そこはかとないフラストレーションが溜まっていたり、溜まっていなかったりです。
× × ×
前フリは、いいとして…。
午前11時を過ぎた頃に、わたしの部屋から階下(した)のリビングに下りてみますと、お嬢さま――すなわちアカ子さんが、くつろぎつつ縫い針を動かしておられました。
アカ子さんが居て不都合ということは無いのです。
むしろ、このタイミングで彼女が在宅なのは、わたしにとって都合が良かったりも。
なぜなら――。
× × ×
ひとまずわたしは、リビングの大きなソファに腰掛けます。
そして、手際よく縫い針を動かしているアカ子さんに視線を向けます。
そしてそして、
「――優雅ですね。まったりお裁縫とは」
と声をかけるのです。
「優雅で悪かったかしら」
「いいえ?」
「じゃあ、わたしにお裁縫を続けさせてちょうだい」
「…いつまでかかりますか?」
「時間?」
「時間。」
「わたしが、納得の行くまで。」
「……なんですかそれ」
「なによ、ガッカリしたみたいな顔して」
「……」
「黙ってたら分からないわよ。黙るのなら、あなたを無視して手を動かし続けるわ」
「……それは、困るかも」
「困る?? どうして」
わたしは……覚悟の息を吸って、
「アカ子さんに……聴いてもらいたい話があるんです」
と切り出します。
「あら」
アカ子さんの手が止まります。
「お悩み相談かしら?」
「……はい」
「あなたの役に立つアドバイスをするとは限らないわよ」
「……それでも。話を聴いていただけるだけで、わたしは――」
アカ子さんは流し眼のような眼で、
「――きょうの蜜柑、異様なくらいわたしに遠慮してるわね」
と指摘します。
「それほどまでに深刻な悩みごとなの?」
…わたしはことばに詰まってしまいます。
「言ってごらんなさいよ。運良く、きょうのわたしは寛大よ」
……寛大って、なんですか、それは。
まあ……いいか。
勇気を出して、わたしは言うのです。
「素直になれない……男の子が……いるんです」
わたしの打ち明けに対し、アカ子さんは……やや拍子抜けの顔。
しかし、彼女の表情は、次第にダークな笑みに変わっていって、
「――ムラサキくんのことなんでしょ」
と、あっさり個人名を特定してくるのです。
「どうしてわかったんですか」
「わからない可能性なんて考慮してたわけ!? 蜜柑は」
「……」
「ひとりしか居ないじゃないの、どう考えたって」
たしかに……。
わたしのお嬢さまは、お裁縫なんか忘却の彼方、といったご様子で、
「蜜柑。もっと具体的な説明を要求するわ」
と迫ります。
「素直になれないのよね。…ということは、素直になれなくなったキッカケがあるはずよね」
「…ありました」
「具体的に! 具体的に!」
ハイテンションなっ。
迫りくるお嬢さまの勢いに負けて…わたしは、
「キッカケは、『グレート・ギャツビー』です」
と言うのです。
「――あなたの愛読書とムラサキくんが、どう結びつくのかしら?」
疑問のお嬢さまに、
「ムラサキくんに『グレート・ギャツビー』を買ってあげて、読ませようとしたんです……」
と答えるわたし。
「初耳だわ」
とお嬢さま。
「それで、ムラサキくんは読んでくれたの?」
「それが……、彼、なかなか読み進めてくれなくって」
「彼は読書に慣れてなさそうだったものね」
「わかるんですか…?」
「わかるわよ」
彼女は、まさにお見通しという顔で、
「読書に慣れてないひとに『グレート・ギャツビー』は、ハードルが高いわよ。蜜柑も無茶なことをしたわねえ」
と。
「……おっしゃる通りです、無茶だったんです、わたし。
だけど、読み進められないムラサキくんに……イライラしてしまって……」
「素直じゃない態度をとったのね」
無言でうなずくしか、ありませんでした。
「どうせ、タメ口になって、お説教でも浴びせたんでしょう」
うぅ……。
「――偉大なるギャツビーと、少しも偉大じゃない蜜柑。」
「な、なんですか、それ。あたかも決めゼリフっぽく、わたしをバカにして……」
「するわよ。あなたのこと1度たりとも偉大だなんて思ったこともないし」
そんな……。
言い返す気力が……無限に萎えちゃうじゃないですか……。