【愛の◯◯】メイドさんの心境とお嬢さまの魂胆

 

アカ子さん邸に来ている。

ということは、蜜柑さんが、もてなしてくれるわけで。

 

「ムラサキくん、紅茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、いただきます」

 

立ち上がり、ティーカップにコポポ……と紅茶を注いでいく蜜柑さん。

 

彼女はメイド服である。

ぼくより背の高い彼女の、メイド服姿。

何センチなんだっけ。

たしか――168?

 

ほんとうに、スタイルがいい。

だれがどう見ても、モデル体型。

素敵だな……。

 

「どうぞ」

見とれていたら、促された。

ティーカップを手に取って、飲む。

眼の前の蜜柑さんはニコニコと笑っている。

茶の味に集中できない。

 

「――見とれてましたね?」

 

唐突に彼女が言った。

 

唐突に言われて、がちゃん! とカップを行儀悪く置いてしまう。

 

「男の子なんですねえ。ムラサキくんも」

 

背筋を冷たい汗が流れる。

 

「わたしのメイド服がそんなに素敵ですか~」

 

「す…素敵です」

 

「素敵なのは――メイド服、だけ?」

 

「え、ええっ」

 

× × ×

 

「すみませんね。調子に乗りすぎてますね、わたし」

エレガントに椅子に腰かけながら、

「まあ、そんな日も――あるということです」

ずいぶん、押せ押せだな……きょうの蜜柑さんは。

 

「話はガラリと変わりますけど」

「…はい」

「若いって素晴らしいな、って思うんです、最近」

「そんな……。蜜柑さんだって、若いでしょうに」

「大学卒の同学年が――働き始めているんです。4月初めに、ニュース番組で、入社式の様子が報じられていて。ああ、わたしたちの世代って、もうそんな段階なんだな……と」

 

微笑みながらも、声には切なさが混じっていた。

 

蜜柑さん……そんなことを気にしているなんて。

正直、らしくない。

でも、彼女はぼくよりもオトナなのだ。確実にオトナのお姉さんなのだ。

ぼくには見えないものが、彼女には見えている。

つまりは、そういうことなのかもしれない。

 

だけど。

 

やっぱり、らしくない気がするから。

 

「――蜜柑さん。」

「――はい?」

「『もう若くないですよ、わたしなんて』とか、蜜柑さんには言ってほしくないです。世代がどうとか年齢がどうとか、どうだっていいじゃないですか」

 

「それは……どういう……」

 

「どういうもこういうもないです。――やめませんか、歳を重ねることを、憂(うれ)うのは」

 

「ムラサキくん――」

 

 

ぼくに向かって、蜜柑さんが、しだいしだいに…前のめりに。

 

× × ×

 

「盛り上がっているみたいね」

 

ぼくたちの様子をアカ子さんが興味深げに観る。

じぶんの部屋から下りてきたのだ。

 

「――お嬢さま、子どもじみた眼差しは自重していただけませんか」

「あら」

やられたらやり返す、といった感じでアカ子さんは、

「より子どもじみているのは、どっちなのかしら……って話よね」

「……お嬢さまって、いつでもわたしを子ども扱い」

「悪いかしら?」

「悪いです。

 でも……その子ども扱いが、時たま、嬉しかったりもする」

「? どういうことよ」

「いいえ、嬉しい、は言いすぎだったかも。

 だけど……お嬢さまは、対等に、わたしと関わり合ってくれているから」

「なにが言いたいの、蜜柑」

ポツリと、つぶやきのように、

「年齢なんて……関係ないんですよね」

 

しょうがないわね……という思いに満ちたような表情で、

「蜜柑、あなたはもうちょっと筋道を立てて話をしなさい」

と、アカ子さんは軽くたしなめる。

「わかりました。反省します」

「いつでも反省すること」

「わかってますって、おじょーさま」

 

「…わたしが部屋から下りてきたのは、どうしてだと思う?」

「それが分かったら苦労しないです」

ちょっとは考えなさいよ……という思いが前面に出た表情で、

「いいものをあげるわ」

とアカ子さん。

「いいもの?? お嬢さまが、わたしに??」

「そうよ」

 

素早く、チケットのようなものを2枚、取り出して、

それからそれから、

 

「ジャズコンサートのチケットよ。ムラサキくんといっしょに行けば、楽しいんじゃないかしら?