非常に容姿端麗な女子学生が向こうから歩いてくる。
羽田愛さんではないか。
「羽田さーん」
声をかけると、立ち止まった。
…なぜか、視線が逸れぎみな彼女。
「お、おはよう、脇本くん」
挨拶する声も、なんだか不自然だ。
それに――。
「羽田さん。きみ、いまの時間帯、講義が入ってなかったっけ?」
「……」
取り繕うこともない。
図星なんだ。
「言ってたはずだよ、『水曜の2限には講義があるの』って」
シュンとして、うつむく。
指摘してはいけないことを指摘してしまったのかもしれない。
しかし、羽田さんが、講義をサボタージュとは……。
4月下旬なのに、雪でも降るんではないか。
それから、もう1点。
「今週に入って、サークル、一度も来てないんじゃない?」
サークル部屋にも来ないし、ソフトボールの練習にも出てこない。
他のサークル会員も、『彼女がこんなにサークルをサボるなんて、珍しい』と言っていた。
いや、珍しいどころではない。
なにか……あったのか?
異変が、彼女に……。
僕の指摘から逃避するように、
「ごめんなさい、中央図書館に行きたいの、わたし」
と、場を立ち去ろうとする。
講義やサークルよりも、中央図書館行きのほうが大事なのか。
僕は……遠ざかる彼女の背中を見つつ、こころのなかでツッコむだけ。
× × ×
4限終了後。
教授が教場を出ていくと同時に、
「脇本! ラウンジ行こう!!」
すごい大声で、女子が誘ってくる。
大声の主は、湯窪ゆずこ。
学年も同じなら、専攻も同じな、ドイツ文学女子だ。
……ドイツ文学女子といっても、ドイツ文学を専攻にしている理由が、僕にはイマイチわからない。
本を読んでいる湯窪ゆずこの姿を見たことがないのだ。
そして、専攻の必修科目でもないのに、履修する講義がかぶっているということも、不可解であった。
「ラウンジ行ってなにするんだ」
「雑談」
「具体的には」
「行ってから、決める」
「はあ!?」
「どうせヒマなんでしょ脇本。バイトもきょうはお休みなんでしょ」
「な、なぜに、僕のバイトスケジュールまで……」
「野生の勘」
「はあ!?」
「コラっ、『はあ!?』を繰り返すんじゃないよ」
× × ×
ラウンジの自販機で、僕はホットココアを買った。
ゆずこもホットココアを買った。
「おまえ、わざとホットココアにしただろ」
「~♫」
「鼻歌を歌うなっ!」
「こわ~~い」
「いや、『こわ~~い』じゃないだろが」
「そだね」
「……」
「ねぇねぇ、わたしの大発見、言っていい?」
「……なんだよ」
「きょう、11時ぐらいに、あんた、羽田愛さんと立ち話してたでしょ」
「どうして知ってるんだ……ゆずこ」
「――その怯えたような声は、なに?」
「だから…どうして…羽田さんと立ち話した事実を…ゆずこが、」
「たまたまだよ。たまたま目撃したのが、大発見だったというだけ」
ゆずこは、ホットココアをフーフーと冷まし、飲む。
紙カップをトン、と置く。
「羽田さん、きょうも美人だったよね」
「…当たり前じゃないか」
「…惚れないの?」
「バカかおまえ」
「エッ、そこで突然キレちゃうの、あんた」
「おまえの質問が不用意すぎだから、怒ったんだ」
「だってさあ、もしかしたら、羽田さん『フリー』かもしんないじゃん。そうだったなら、脇本にもチャンスが出てくる――」
「バッカじゃないかおまえ」
「うわっ!! 2段階でキレてる、脇本」
バカゆずこを睨みつけ、
「羽田さんにはな……女子高生時代からつきあってる、男の人がいるんだよ」
「ふえーーーっ!!」
ゆずこおまえ、どういうリアクションだ!? それ。
すぐさま、バッグから、メモ帳とボールペンを取り出してくる。
ゆずこの、そんな仕草に……くたびれる……。