お邸(やしき)を訪ねてきてくれた蜜柑ちゃんと、わたしの部屋でふたりっきりになっている。
この部屋に蜜柑ちゃんが来るのは、初めて。
勉強机の椅子に蜜柑ちゃんは腰掛けている。
スタイル……良すぎる。
羨ましさを通り越してジェラシーすら抱くぐらいの……長い脚。
きょうはメイド服じゃない蜜柑ちゃん。
カジュアルな蜜柑ちゃん、である。
メイド服以外の蜜柑ちゃんを見たことがないわけじゃないんだけれど、このカジュアルさは……新鮮。
「……蜜柑ちゃんは、ファッション誌を何冊読むの?」
思わず、そんな質問をしてしまう。
「何冊読んでるとか、意識したことあんまりなくて。……答えになってませんね、これ」
「でも、けっこういろんなのを読むでしょ??」
「はい。いろいろと」
「たとえば……??」
× × ×
「……すごいね。詳しいし、意識が高いんだね」
「意識の高さも良し悪しですよ」
「謙遜する必要ないよ。純粋に尊敬してるの……わたし」
「尊敬、ですか」
「わたしね、ファッションに無頓着過ぎるっていう自覚があって」
「そんなことないのでは?」
「周りの女の子より、ぜんぜん詳しくないのよ」
「――でも、そこらへんの女の子より、ぜんぜんキレイじゃないですか、愛さんは」
「な、なに言うのっ蜜柑ちゃん」
「ウチのお嬢さまにも、美人偏差値で勝ってると思いますし」
「そ、そんなにアカちゃん過小評価しなくてもっ」
「いいえ、嘘偽りなく、ですよ」
「……やめよっか。この話題」
× × ×
きのうは、しぐれちゃんに『チアリーダーのコスチュームが絶対似合う』みたいなこと言われて、きょうは、蜜柑ちゃんに『美人偏差値』がどう…とか言われて。
もちろん……嬉しくも、あるけど。
× × ×
「このお邸(やしき)にお伺いしたはいいんですけれど」
蜜柑ちゃんは申し訳なさそうに、
「わたしには、紅茶を淹れてあげることぐらいしか、できなくて……」
「そんなにうつむかなくたって。蜜柑ちゃん」
「……でも」
「鳥肌立つぐらい美味しかったよ? 蜜柑ちゃんが淹れてくれた紅茶」
「!? な……なんですか、その形容は。鳥肌立つぐらい、って……」
「ふだんコーヒー専科だから、新鮮だったし」
「……」
「スッキリした。とくに、頭の中が」
「スッキリしたのなら……良かったですけれども」
それからわたしは、
「――ねえ。いきなりだけど、蜜柑ちゃんに提案があるの」
と切り出して、それからそれから、
「蜜柑ちゃん。
わたしのこと――『ちゃん』付けで呼んでくれない?」
と、お願いしてみる。
「エッ……。どういうこと、ですか!?」
「いつも、愛『さん』でしょう? …きょうは、愛『ちゃん』って呼んでくれたほうが、いいかなーって」
「どうして、ですか」
「本来、あなたのほうが年上なんだし」
「まあ……そうですけども」
「もっとフレンドリーに接してほしい気分なのよ。もちろん、タメ口になったっていいわ」
悩み顔の蜜柑ちゃん。
「わたし、あんまり、悩んでほしくないかなー。悩むより、実行してみましょうよ」
彼女は恥じらいを顔に浮かべつつも、
「…………それでは。
わたしの紅茶に感動してもらえて……嬉しいです、愛ちゃん」
ウムウム。
「どういたしまして、蜜柑ちゃん」
「…次回来たときは、お菓子も作ってあげたいです。愛ちゃん、焼き菓子だと……どんなのが好きでしたっけ」
「アップルパイかなー。あ、でも、レモンパイも好きよ」
「…パイ系がいいですか」
「気分が変わっちゃうかもしれないけどね」
「気分…」
「いきなり、『ホイップクリームたっぷりのホットケーキ作ってー!!』とか言い出すかも。ワガママだから、わたし」
「ウチのお嬢さまのほうが……愛ちゃんよりも、絶対ワガママですから。」
「そんなことないわよー!! もっとアカちゃんを褒めましょーよ」
「いえ……身内には、厳しく」
「蜜柑ちゃん」
「は、はいっ」
「ちゃん付けはしてくれてるけど、タメ口にはなってくれないのね」
ほんのりと顔に赤みがさす。
勇気が出ないのね。
……ま、敬語を捨てるのをためらう蜜柑ちゃんも、味わい深いから、これはこれで。