【愛の◯◯】関係どろどろ、感情ぐちゃぐちゃ

 

おねーさんの顔をいっさい見ないまま、邸(いえ)を出た。

 

× × ×

 

通学途中、コンビニで、朝食を買った。

 

校内の閑散とした場所を選んで、ベンチに座り、買った朝食のコンビニおにぎりを、もぐもぐ食べていた。

 

そしたら、付近を歩いていた小野田元・生徒会長に、わたしの朝食を目撃されてしまった……!

 

人目につかない場所だって、思っていたのに。

 

小野田さんは、わたしのベンチの近くで立ち止まって、言う。

「朝ごはん、食べそこなったの? あすかさん」

食べそこなったとしたら……じぶんから、食べそこなった、わけだけど。

……答え切れず、首を横に振るだけ。

「そのおにぎり、おいしい?」

この問いにも……うまく答えられない。

おねーさんがにぎってくれたおにぎりのほうがおいしいに決まってる。

でもいまは、おねーさんがにぎってくれたおにぎりなんて、食べたくない。

 

煮え切らないリアクションばかりのわたしに小野田さんは苦笑したかと思うと、

「――いつもは、いっしょに住んでる、とっても美人な女子大生のひとに、朝ごはんを作ってもらってるんじゃないの?」

 

とんでもない不意打ちを受けたわたし。

 

「ど、ど、ど、どうして、わたしんちの事情、知ってるの、小野田さん」

「ちょっと前まで生徒会長だったからねえ。いろんな情報が、寄り集まってきてたから」

 

油断ならない……。

 

「おうちで食べないで、わざわざ、ここで朝ごはんを食べてたってことは……」

 

う。

 

「朝ごはん担当の、とっても美人な女子大生のひととのあいだで、なにか不都合なことでもあったとか?」

 

どうしてそんなに鋭いの。

 

小野田さんが……鋭すぎるから、

「なんにもないよっ。不都合なんて」

と、完全なる嘘を言って、がばり、とベンチから立ち上がる。

 

× × ×

 

『とっても美人な女子大生のひと』

 

そうだよ……。

とっても美人だよ、おねーさんは。

 

……ケンカしてから、その美人っぷりが、恨めしくなってるけども。

 

 

エプロンをつけて、キッチンに立っている、おねーさんを思い描くと、嫉妬がムラムラと立ちのぼってきて、イヤな気分になる。

 

……嫉妬は、別として。

おねーさん、もう、わたしに、朝ごはん、作ってくれなくなるのかな。

おねーさんの朝ごはん……もう、食べられなくなっちゃうのかな。

 

× × ×

 

不安や恐怖が、嫉妬や嫌悪と、ミックスされる。

 

仲直りすれば、もういちど、おねーさんのおいしい料理が食べられるようになる。

だけど、どうやって仲直りするのか? だし、それ以前に、彼女と仲直りしようとすることに、すごい抵抗感がある。

 

じぶんから、彼女のほうに歩み寄るのは……いやだ。

 

非があるのは、おねーさんのほうだ。

 

わたしは悪くない。おねーさんが無神経なのが悪い。

 

決して、決めつけじゃない。

おねーさんのせい。

火を見るより、明らか。

 

× × ×

 

……極度にムカムカする。

じぶんは悪くない、正しいのはじぶんのほう……こころのなかで、それを確認するたびに、ムカムカが増していく。

 

正当化なんかじゃないのに。

 

正しくないのは、おねーさんのほうだって、はっきりしてるんだから!!

 

 

「……どうしたんだ? あんた」

 

加賀くんが、こっちを見てきていた……。

 

いまは、放課後。

ここは、スポーツ新聞部の活動教室。

 

加賀くんは、疑惑の眼で、

「あすかさん、きょう、まだなんにもしてないじゃねーか。いつもは教室入るなり、PCで記事の文章を打ちまくったり、白板(はくばん)に取材予定や編集計画を書きまくったりしてるのに」

「わ……わたし、卒業間際の3年生だから、おとなしくしてるんだよっ」

「苦しい言いわけだな」

「苦しくないもん。言いわけじゃないもん」

「『おとなしくしてる』ようには、ぜんぜん見えないんだが」

「……」

「ピリピリしてるように見えるぜ、あんた」

「……」

「なーんかイラついてる。イラついたまま、なににも手をつけてない……もしかしたら、イライラしながらずーっと考えごとしてて、それで、なにも手につかないんじゃ」

 

背筋が一気に冷え切る。

 

図星のなかの、図星。

 

加賀くんに、見抜かれるなんて。

 

 

加賀くんの、言ったとおり、だから、

キミも人間観察してるヒマはないでしょっ

そう、怒りっぽく、トゲトゲしく言って……活動教室の出口に向かう。

 

× × ×

 

あてもなく校内をさまよう。

 

いろいろな感情がミックスされて、ぐちゃぐちゃになった感情。

 

このぐちゃぐちゃを、どうしたらいいの?

 

 

さまよう足は、中庭へと向かっていた。

きっとミヤジがいる。

ミヤジがいて、双眼鏡で、冬空の鳥を観察しているはず。

 

ミヤジに……ぐちゃぐちゃな感情をぶつけたいとか、そんなこと、思ってない。

でも……どういうわけか、彼のいる場所に、吸い寄せられていく。

無意識のどこかで、彼の姿を見ることを、欲していたのかもしれない。

 

× × ×

 

予感は的中した。ミヤジは中庭にいた。双眼鏡も携えている。

 

ミヤジの姿が眼に入ると、少しだけ気持ちが落ち着いた。

ミヤジを見ただけで、どうして安心が生まれてくるのか――まったく理解できない。

理解できないままに、ミヤジとの距離を詰める。

 

 

「鳥が――いっぱい見えた? ミヤジ」

「あ……ああ。見えた」

「――なんで、うろたえてるみたいな顔なの」

「い……いや、おまえの顔つきが……なんか、ヘンだから」

「ヘン? いつも以上にブサイクだってこと?」

「……口ぶりまで、ヘンになってるぞ」

 

――先生が、廊下を走っているのが、中庭から見える。

『廊下を走るな』と言う立場であるはずの先生が、廊下、走ってる。

急いでるみたい。

どこに急いでるのかな。

 

「臨時の職員会議でも、やるのかな。――どう思う? ミヤジ」

「……かもしれない。臨時というか、緊急というか、そんな感じの……急ぎかたに見えた」

「事件でも、起きたのかな」

「不穏だよな……」