【愛の◯◯】いっしょのベンチで、荒療治

 

今週末は、もう共通試験。

あっという間に、大学受験シーズン。

みんな大変だ。

わたしは、ひと足早く推薦に受かっちゃって、なんだか申し訳ないな……。

 

それはそうと。

 

「加賀くんは、大学受けるの?」

「は!? いきなりなんだよ」

「もういくつ寝ると、加賀くんも3年生でしょ? そろそろ進路のことも考えないと」

「…気が早くないか」

「そうともいう」

「……」

「キミの将来が心配なんだよ、わたし。先輩として」

「……勝手に心配しやがれってんだ」

「あーっ。そんなこと言うんだったら、永遠に部長職譲ってあげないぞー」

「……卒業しない気かよ」

「するよ。するけど、部長の座は譲らないかも」

「なんだそれ」

「永遠の副部長・加賀くんの誕生だねっ!」

「けっ」

 

部長がいない部活っていうのも、それはそれで面白いけれど……やっぱり、ダメか。

 

× × ×

 

「わたし取材に行くね。活動教室のことは任せたよ、加賀くん」

「…また、ボクシング部に行くんか?」

「えっ、信じられない、なんでそんなに鋭いの」

「…なんとなくだけど、そんな気がして」

「冴えてるじゃん。これなら、部長職を譲ってあげてもオッケーかも」

「あのさあ」

「なに?」

「ボクシング部だった……下関、って先輩のことだけど、あのひと、いろいろと大丈夫なんか。暴力事件起こして、停学になったって」

「……」

「ど、どうした」

「……」

「おい、あすかさん」

「……停学は、下関くんだけが悪いわけじゃないから」

 

× × ×

 

ボクシング部練習場に近づいていく。

 

…思ったとおり、練習場の手前のベンチに、下関くんが、いる。

 

「お疲れさま、下関くん」

「……『お疲れさま』、か」

「受験勉強で、お疲れなんじゃないの?」

「――いまは、小休止だ」

 

小休止…?

 

「小休止って。共通試験、すぐそこじゃん」

「わかってる」

「なにも手につかない…とかじゃ、ないよね?」

「どうかな」

 

「どうかな」、って。

 

「……下関くんらしくない気がする」

「おれらしくないって、どこが」

「それは……」

 

ことばに、詰まる。

 

「――あすかさんには、みっともない姿を見せてしまったからな。あれは、たしかに、おれらしくなかったかもしれないな」

「……もういいよ、児島くんをボコボコにしたときのことは。終わったことを蒸し返さないで」

「ほんとうに――終わったことなんだろうか」

「……過ぎたことじゃん! 過去をウジウジ引きずるなんて、それこそ、下関くんらしくないよっ!」

 

苦笑いしながら彼は、

「きみも、厳しいなあ」

「…徳山さんほどじゃないよ」

「まあ、いちばん厳しいのは、あいつなんだけどさ。あの場で、容赦なく、ビンタされたし」

徳山さんにビンタされたほっぺたに触れつつ、

「まだ……痛い」

 

心配になって、わたしは言う。

「……前向きになれないの? 切り替えられないの?」

 

下関くんは、空を見上げ、

「授業終わって、このベンチに来たときは、参考書開いて勉強しよう、って思ってたんだけど。

 参考書開いたとたん、嫌になってさ。

 勉強する気がなくなって。

 代わりに、おれがこの前『やってしまったこと』で、頭がいっぱいになってしまって。

 ……おれだって、どうにかして、ネガティブな考えをポジティブな考えに切り替えようと、してはいるんだけど。

 けっきょく……後悔に、逆戻りなんだ」

 

わたしの心配が、どんどん積み重なっていく。

 

こんなことじゃ……彼、共通試験や東大受験を、乗り切れなくなっちゃいそう。

 

あれだけ、東京大学の赤本を、熱心に読んでいた、彼なのに。

 

児島くんを殴る前と殴った後の、落差。

 

もっと、強い下関くんで、いてほしいのに。

 

……いてほしいから。

 

だから。

 

下関くんの強さを、取り戻したくて、わたしは。

 

 

「……あすかさん!? なんで、となりに」

 

彼といっしょのベンチに座る、わたし。

 

「なんにも言わないで、下関くん」

「なんにも言わないで、って…!」

「わたし、下関くんの勉強、手伝う。勉強道具、出して」

 

カチカチに固まる下関くん。

そんなにカチカチにならなくたっていいのに。

わたしなんかが、ベンチでとなりに座ったぐらいで……。

 

「早く。」

わたしは、急かす。

彼は、うろたえる。

 

…ひとしきり、うろたえたあとで、ようやく、カバンを開こうとする。

わたしから顔をそらして、ガサゴソとカバンのなかを漁る。

 

彼の横顔が…赤みがかっているような気がするのは、なんでだろう。

微熱でも、あるんだろうか?