文化祭が近づいてきた。
文化祭へのムードが、どんどん高まってきている。
連休明けの授業が終わった。
放課後だ。
きっとミヤジがいるだろう……と思って中庭に来たら、案の定、いた。
双眼鏡を眼にあてて、一心不乱に飛ぶ鳥を観察している。
わたしがすぐ近くに来ているのにも気づかない。
イタズラしちゃおう……と思って、背後にしのびより、右の人差し指でちょん、と背中をつついてみる。
「どわぁ」
驚きの声を上げるミヤジ。
「――どう? ビックリした?」
ミヤジはわたしに振り向いて、
「ビックリするに決まってんだろ。いつの間にそこにいたんだよ」
「気がつかないミヤジも悪いよ」
「ぐっ」
「鳥のことしか、見えてないんだから」
図星なミヤジ。
「少しは、周りに気を配ったりしてよね」
軽くお説教モードのわたし。
「中庭は、ミヤジだけのためにあるんじゃないんだから」
「……知ってるよ」
「公共の場所でしょ?」
「……そりゃそうだが」
ベンチに移動して、ミヤジがお腹のあたりで持っている双眼鏡に、視線をそそぐ。
「その目線はなんなんだ……あすか」
「双眼鏡ってさ――けっこうなお値段、するんだよね」
「双眼鏡の値段が気になるのか?」
「気になる」
「――忘れちゃったな、僕。これがいくらしたのか」
「え~っ、忘れちゃうものなの」
「小学校の……卒業祝いだったんだ。使い始めたの、ずいぶん前だし……」
「だからって、お値段覚えてなくてもいいとか、思ってるわけ!?」
「な、なんでそんなに値段にこだわる。不都合なんてないだろ、値段を忘れても」
「愛が足りないよね。双眼鏡に対する、愛情が」
言われて、少しムッとなるミヤジ。
構わずに、
「飛ぶ鳥と同じくらい、双眼鏡も愛さないと」
ムッとした顔のままのミヤジ。
…もう少し、このやり取りを楽しんでいたかったが、わたしにはスポーツ新聞部部長の務めがあるのだ。
ミヤジをムッとさせたまま、ベンチから腰を上げる。
× × ×
ムッとさせたまま、放っておくのも、味わい深いものだ。
……さて。
ミヤジはいいとして、スポーツ新聞部のもとに急行するべきなのである。
部長が遅刻の常習犯じゃだめだよね。
あの加賀くんだって、時間は守るほうなんだから。
急ごう、できるかぎり。
ところが。
活動教室まであと少し、というところで、児島くんに出くわしてしまったのである。
児島くんは旧・クラスメイト。
なぜか席が隣りだったりしたのだが……とってもやっかいな男子だった。
クラス替えで別々になって、正直ホッとしていたんだけど……向こうが、わたしの存在を忘れているわけもなく。
「あすかじゃ~~ん」
「児島くん、わたし、急いでる」
「え、行っちゃうん!?」
「児島くんなんかにつかまってるヒマなんてないの」
走って逃げていきたかった。
だけど。
「あすか、さっき、中庭、いたよな??」
「ど、どうして知ってるの……」
足が止まってしまう。
「通りがかったら、見えた」
愉(たの)しそうな声が、わたしを動揺させる。
追い打ちをかけるように、
「ミヤジといっしょだったな」
「いっしょだったから……なに」
「おまえとミヤジって、仲良しだよな?」
わたしは衝動的に、
「なにを言うつもりなの……。『もうつきあっちゃえよ』とか、言いたいってわけ!?」
「まー、まー、」
腹が立つ。
どうせ、わたしを茶化すだけ茶化す気なんだ。
「ミヤジとつきあうとか、ないから」
わたしは、バッサリと否定する。
「ハハッ」と、チャラチャラした笑いかたをして、
「そこまで言うつもりねーよー」
少しも信用できないことばを、児島くんは吐く。
横目で睨(にら)みつけ、
「児島くん」
「なんだ~?」
「わたし、はっきり言って、児島くんが嫌い」
「――あちゃあ」
「嫌い、嫌いの嫌い」
「おいおい」
「嫌い!」
× × ×
児島くんと関わると、たぶん、不幸になる。
周りのひとを不幸にする男子ほど、クズはいない。
そう思う。
活動教室。
教壇の端っこに腰かけて、下を向いていると、
「あすか先輩、あすか先輩」
正面から、ヒナちゃんが呼びかけてきた。
目線がいまいち上がらないわたしに、
「チョコパイ。チョコパイ、いりませんか?」
と、チョコパイを差し出してくれる。
「ありがとう、もらうよ」
受け取って、数秒で食べ終える。
「……すごい勢いの食べっぷり。」
ヒナちゃんが眼を丸くする。
「ごめんね、超早食いで。糖分補給がしたかったの」
「ムカムカ……してたり、します?」
「――するどい。さすが、女の子だ」
眼を丸くし続けるヒナちゃんに、
「ヒナちゃん。」
「は、はいっ。」
「ヒナちゃんの顔見てると、わたし、幸せになる」
「!?」
「ううん、わたしだけじゃない。ヒナちゃんの明るい顔が……世界中を照らして、世界中のみんなを幸せにする」
「だ、だいじょーぶですか!? 先輩……」
「これから……持ち直すから」
「先輩……」
「だから……持ち直すためにも、チョコパイおかわり」