高級そうなレストラン。
たぶん、外国の。
テーブルで向かい合っているのは……、
わたしの、
おとうさん。
ウェイターが注文を訊きに来た。
聞き慣れない言語。
戸惑っていると、おとうさんが、流暢なしゃべりで、オーダーしてくれる。
丁重に礼をして、ウェイターが離れていく。
「いまのは……何語なの!? おとうさん」
「ギリシャ語だよ、愛」
ギリシャ語、知ってるんだ――おとうさん。
わたしだって、ギリシャ語も習得してみたいとは、思ってる。
だけど、まだ、ほんの少ししか勉強してなくって。
ギリシャ語会話のできるおとうさんが、ますます眩しい。
尊敬の眼差しで、おとうさんを見る。
よく見れば、ファッションも最高におとうさんに似合っている。
中年男性の、理想の身だしなみ……。
地球上の中年男性で、おとうさんだけがカッコいい。
本気でそう思っちゃう。
お料理からオリーブオイルの匂いが立ちのぼって、ああここはギリシャのレストランなんだな、と確信する。
おとうさんはグラスにお酒を注(そそ)ぐ。
なぜか、わたしのグラスにまで注ぐ。
「おとうさん、わたし……18歳なんだよ?」
「ダメか?」
「ダメだよ」
「ひとくちなら、いいじゃないか。乾杯したいんだ」
……。
「おとうさん……もっと、マジメだと思ってたのに」
なぜか、急に泣きそうになる。
カッコよかったはずのおとうさんの姿が、滲(にじ)んでいく。
……。
……。
……。
「…………むにゃ」
× × ×
夢だった。
夢でしかなかった。
わたしの眼は涙で濡れていなかった。
きょうは、両親と国際ビデオ通話する日。
おとうさんとビデオ通話するのが待ち遠しすぎて、あんな夢まで見てしまったってことなんだろうか。
よりによって、おとうさんの顔を久々に見ることができる日の前夜に、あんな夢を――。
――夢は、夢だ。
切り替えていかなくっちゃ。
顔を洗ってから、ビデオ通話のこころの準備をしていこう。
× × ×
まずは母が画面に映った。
「調子、良さそうね」
「お母さん、おとうさんは!? おとうさんは!?」
母はびっくりして、
「いきなり急かすのね。いくらおとうさん大好きっ子だからって」
「おとうさん、いるんでしょ」
「いるけど」
「できるだけ早く、おとうさんに」
「……いつもながら、母親のほうの扱いがひどいんだから」
「お母さんとの話は、あとで」
「――愛」
「な、なによ」
「そういうところはいくつになっても変わらないのね」
「そ、そういうってどういう」
「おとうさんファーストなところ」
「し、しかたないでしょっ!?」
『はいはいわかったわかった、わかったから……』という無言のメッセージを送り、
母は、おとうさんに交代してくれる。
おとうさんが、画面に……映った。
「お母さんとちゃんと話したのか~?」
微笑みながら、痛いところを突いてくる。
「お母さんとは、あとから、きちんと近況報告とか、するから」
「ちゃんと報告するんだぞー。約束だっ」
できるなら、おとうさんと指切りげんまんして、約束したいけれど、物理的に不可能で、
「うん。……おとうさんの言うことなら、なんでもきく」
「ハハハ」
笑って、
「そういうふうに、愛が愛を示してくれて、うれしいよ」
愛が愛を示す。
「ほんとうに、愛が愛くるしい」
愛が愛くるしい。
「大学生になっても……やっぱり愛は、愛らしい」
愛は、愛らしい。
……って、
「おとうさん……ことば遊びみたいなこと、してない?」
「ん?」
「わたしの名前の『愛』に、愛を示してとか、愛くるしいとか、愛らしいとか、『愛』を重ねて」
「あーっ、そういえば、そうなっちゃってたな」
本音は……ごまかしてほしくない。
でも、追及もしたくはない。
なぜなら、おとうさんを……愛しているから。
「――話がどんどんヘンな方向に行っちゃってるよ。軌道修正しよう? おとうさんだって、忙しいんでしょ」
「うん、そうだな。…愛は、どんな話がしたい?」
「……」
「直感でいいんだよ。話したいことを、言ってごらん」
……穏やかで優しいおとうさんの顔に向かい、
「夢、見たの」
「夢を?」
「夢。おとうさんが、出てきた。というか、おとうさんとわたしの、ふたりだけの夢だった」
「すごいなあ~、照れるなあ~」
「ときどき……見るのよ、そういう夢。恥ずかしいけど」
「どんな夢だった?」
「ギリシャの高級レストランにいる夢」
「へええ」
「おとうさんが……ギリシャ語で、注文してた」
「そりゃ、おかしいな」
「えっ――」
「ギリシャ語なんか、できっこないのに」
「そんなっ」
ひとりでに叫んでた。
じゃあ、じゃあ、
あの夢に出てきたギリシャ語は……いったい、なんだったの!?!?
「……お~い?? 愛、帰ってこいよ」
……。
「――おとうさん」
「なんだい」
「オンライン勉強会とか……したくない?」
「なんでまた」
「父娘(おやこ)でギリシャ語勉強したら……ぜったい楽しいと思うの」
「ギリシャ語、ねぇ」
「葉山先輩も、先輩のお父さんと、いっしょにフランス語勉強会を続けてるって言ってるし――」
「――葉山先輩?」
「え、お、お、おぼえてるよね。はなしてるよね、センパイのことは、なんかいか」
「う~~~む」
「おとうさん!!」
「うぉ」
「忘れてたのなら、いまここで覚えて!!
葉山むつみ先輩。
女子校時代、わたしの2個上。
誕生日が、わたしと1週違い。
身長も体重もスリーサイズも、わたしとおんなじ。
わたしとおんなじくらいの美人。
趣味は、ピアノと、読書と、それからそれから、麻雀とか競馬とか……」
「愛」
「……なんですか。」
「余計な情報も、けっこう開示してたな♫」
「わ、わらっていわないでよおっ」