【愛の◯◯】彼のトンネルの、出口。

 

ようやく起きた。

のそのそ……と部屋を出る。

 

× × ×

 

ダイニングにはアツマくんが居た。

 

「おはよう、愛」

「おそよう、アツマくん」

 

わたしに「おそよう」と言われて、彼は苦笑しつつ、

「コーヒー、飲みたいだろ? 淹れてやるよ」

と言ってくれる。

うなずくわたし。

 

 

…わたし用のマグカップがトン、と眼の前に置かれる。

「ふぅ…」と軽くため息して、ホットコーヒーを啜っていく。

 

テーブルの置き時計は午前10時過ぎを示している。

時計って、残酷……。

 

「浮かない顔だな」

向かい側に座ったアツマくんに指摘される。

「だって、どう考えたって、寝過ぎちゃったんだもの、わたし。きょうだけじゃなくって、最近はいつも、こんな時間までベッドの中に――」

「――そんなに気にせんでも良かろう?」

「気にするわよ。昼寝とかも含めると、合計12時間以上寝てるのよ、毎日」

「――そういう時期なんだよ。」

「時期、って……」

 

「それはそうと、」

アツマくんは笑い顔で、

「パジャマみたいな格好してんな、おまえ」

とか言ってくる。

「だ、だめ??」

意表を突かれ、うろたえ始めるわたしだったけれど、

「だめじゃねーよ」

彼は笑って言い、それから、

「だめなどころか、かわいい

 

えええっ……。

 

こんな「なってない」身なりのわたしの……どこが、かわいいの??

アツマくんの「かわいい」発言に動揺しまくっていたら、

 

『アツマー。あなたのスマホが鳴ってるわよー?』

 

と、明日美子さんの声が。

 

「やべえ、スマホをリビングに置いてきたんだった。着信があったんだな。ちょっと行ってくる」

 

そう言って、彼はダイニングから出ていく。

 

× × ×

 

独りぼっちのわたし。

 

思わず、考えてしまう。

 

アツマくんの就活は……どうなるんだろう。

 

このまま内定が出なかったとしたら……?

 

強い彼だから、就職浪人する覚悟も、持っているのかもしれないけど。

 

不安よ……。

アツマくんのことなんだもの。

 

× × ×

 

――ダイニングにアツマくんが帰ってきた。

 

どうしてだろう――。

 

戻ってきた彼の顔が、なぜだか、晴れやかに見える。

 

彼はわたしをまっすぐに見る。

真面目な笑顔で、

「愛。いい知らせがある

 

――えっ?

 

× × ×

 

『リュクサンブール』の、正社員に!?

 

驚きながら言うわたしに、

「そういうこった」

と返すアツマくん。

 

『リュクサンブール』。

大学入学からずっと、長期休暇中にアツマくんがアルバイトしていた喫茶店…。

 

「正社員、ってことは…」

「アルバイトじゃなくて、正式な店員として、1年中働く――すげえザックリ言えば、こうだ」

「それは…確定なの?」

「『ウチでやってみないか?』っていうお誘いの電話だったんだけど――その場で、『やります。やらせてください』って、答えた。迷いなんか、しなかった。

 そしたら、店長さん、『じゃあ、決まりだね』って。今度、お店に行って、詳しい話をすることになった」

「仕事が……決まったのね、アツマくん」

「思いがけない形でな」

「だけど、どうして、『リュクサンブール』の店長さんは、そんな話を持ちかける気に……」

彼は頭をポリポリと掻いて、

「後押しが、あってさ」

「後押し……??」

「星崎と八木が――お店に赴いて、直談判したらしいんだ。『戸部くんが危機的状況なんです!!』って。おれが苦しんでるのを見かねて……。あいつらも、裏では、良心を痛めてたらしくって。おれのことが、放っておけなかったらしくって」

 

 

……。

 

 

「なーに感極まってんだか。おれの報告がそんなに感動的だったんかいな」

 

「感極まるに決まってるでしょ……。お仕事が永遠に決まらないんじゃないかって、不安で仕方がなかったのよ……わたし」

 

「……愛よ。」

 

「なによ……。」

 

「がんばるから」

 

「……」

 

「精一杯、働くから。

 だから――見ていてくれよな」

 

「……うん。

 応援する。」

 

 

× × ×

 

 

アツマくんに、

「がんばって」って、

100万回、言ってあげたい。