どうも、利比古です。
夜。
自室でボーッとしていたら、ノック音。
「なんだ、お姉ちゃんか」
× × ×
「なにしてたの」
「秘密…」
「え~~っ」
「な、なにもしてなかったよ」
「なにもしてなかった!? それはよくないなぁ」
「でも宿題とかみんな終わってるし」
「それでこそ利比古だわ」
「――」
「ねえお姉ちゃん、最近あすかさんがなんだかイライラしてない?」
「そうねえ、ちょっと部屋に閉じこもりがちかもねえ」
「なにがあったんだろ」
「余計な詮索しちゃダメよ」
「それはわかってるよ」
「そっとしとくのよ。女の子にはいろいろあるの」
「んっ…」
「心配?」
「お、お姉ちゃんは心配とは思わないの」
「今はそっとしとくの。事が起こったら、受け止めてあげる」
「事が、起こったら……」
「ふふん♫」
「部活はどうなの? KHK、だったよね?」
「麻井会長に振り回されてるよ。でも――」
「でも?」
「麻井会長……ときどき元気がないみたいなんだ」
「あら、彼女にもいろいろあるのね」
「だけど、それこそ下手に詮索したら会長、怒るだろうし」
「難しい年頃なのね――彼女も」
「お姉ちゃんと同い年じゃんか」
「そうでした」
「麻井会長ってさ」
「ん?」
「小柄だから、ときどき危なっかしく思うときがあるんだ。転んでしまわないだろうか…とか」
「そんなに背が低いの?」
「ぼくより20センチくらい」
「――守ってあげたいんだ」
「な、なにいってんのお姉ちゃん」
「見守ってあげるんだよ。麻井さんが悩んだり、危なっかしいときは」
「そのつもりでいるよ」
「会いたいな、麻井さんとも」
「甲斐田部長とは会ったんだよね?」
「会ったよー」
ぼくのベッドに腰掛け、足を時折バタバタさせてる姉。
「ねえ利比古こっち来てよ」
「ベッドの隣に座れってこと?」
「あたり」
おとなしく姉の右隣に座った。
姉が仰向けにベッドに身を委ねたので、同じように仰向けになる。
ふたりして天井を眺めるみたいな奇妙なシチュエーションになった。
――シャンプーのいい香りがする。
「ちょっと利比古、遠くに行かないでよ」
「そ、そんな離れてないでしょ」
「恥ずかしかった? お風呂上がりの姉に接近されるのは」
ツヤツヤの髪がベッドでうねっている――。
「お、お姉ちゃん、そんなに髪長いと、不便じゃないの??」
「え~~~」
「なにそのリアクション」
「こまってないし」
「なんのために伸ばしてるの」
とたんに口ごもって、ぼくを困らせる。
「わ、悪かったかな、デリケートなこと訊いちゃって」
「――さわってみる? 髪」
「!?」
「きょーみあるんでしょー、わたしのなが~い髪に」
「それは………遠慮しとくよ」
ときどきこうやって、姉はぼくを翻弄するのだ。
いくつになっても。
でも……もう高校3年生なのか、姉も。
「お姉ちゃん、もう高校3年なんだから、そういう『はしたない』こと、あまり言っちゃダメだと思うよ」
姉に振り向くと、残念そうな顔になっている。
「お姉ちゃん、もう大人でしょ?」
まだ残念顔だ。
しかし姉はベッドから身を起こして、
「利比古……」
不穏な挙動だ。
「な、なんだよ」
姉のサラサラ髪が、まだかすかに湿り気を帯びているのがわかってしまう。
手櫛(てぐし)で、そっとサラサラ髪を整えて、
「今夜は……お姉ちゃんらしく……させてくれない?」
「どっどういう意味っ」
「もっとこっち来てよっ」
「じゅうぶん近いじゃんか」
「来なきゃ、あんたにダイブするよっ」
「のしかかるのはやめてよ。そりゃあ――お姉ちゃん、軽いけど」
「ふふっ、利比古、デリカシー、ある。アツマくんとは大違いね」
「わかったよ、しょーがないねお姉ちゃんは」
近づいて、起き上がって、姉と向かい合う形になる。
ぼくの顔をまじまじと眺める姉。
「利比古」
「なに…」
「いい顔になったね」
「あ、そう」
む~~っとした姉は、
「せっかく褒めたのにっ」
「眉間にシワが寄ってるよお姉ちゃん」
「いじめてこないでっ」
「いじめてないだろー。綺麗な顔が台無し、ってだけだよ」
動揺。
「お姉ちゃん…綺麗なんだからさ」
頬のあたりにクルクルと人差し指を当てる仕草。
もう眉間にシワは寄っていない。
「照れ屋だな~お姉ちゃんも」
「生意気っ!!」
「――けっきょくぼくにダイブしてきた」