スーパーマーケットに愛と来ている。
「こんな庶民的なスーパー来るんだね、愛も」
「え、さやか、どこで買い物してると思ってたのふだん」と笑う愛。
愚問だったか。
野菜コーナーで、愛がタマネギを取ろうとしたら、小さな男の子とほとんど同時になった。
その男の子を気づかって、愛がタマネギを譲ってあげる。
恐縮そうに、お母さんが、「どうもすみません」と愛に言う。
「とんでもない~~」と愛。
「ほら、ありがとうって言いなさい」とお母さんに促される男の子だったが、愛の顔を見上げて、しばらく照れくさそうにしていた。
食材を袋に詰めるのを手伝っているとき、
「おませさんだったね」とさりげなく呟いてみた。
「さっきの男の子が?」
「そう。あんたの眼の前で、恥ずかしそうだったじゃない」
「どうかなあ?」
とぼけてるのか、天然なのか。
わたしだったら、ああいうとき、もっとあたふたしてたかもしれないから、小さい子供のあつかいが上手い愛がうらやましかったりもするのだ。
まあ、わたしもこれから、年下の男の子と会うわけだが……。
× × ×
というわけでお邸(やしき)に来た。
「ヤッホー利比古(としひこ)。たっだいま~」
愛の弟の利比古くんが、すでに帰ってきている。
この春から高校に通い始めたという。
2つ下か――。
弟、いないからな、わたし。
愛はいつも、どう接してるんだろう。
「おかえり、お姉ちゃん。寒いのに、テンション高いね」
『お姉ちゃん』って呼ぶんだ。
「利比古はテンション低いの?」
「低くはないけど」
「ほら、さやか来てくれたんだよ。もっと喜びなさい」
いきなり無茶振りかっ。
「こらこら愛。無茶振りしない。弟さん戸惑ってるじゃん」
「無茶振りじゃないもん…」
「素直じゃないなあ」
「と、利比古に対してはいっつも素直だよ!? わたし」
「こんにちは、利比古くん。
はじめまして。
青島さやかです。
愛とは同じクラスにはなれなかったけど…いつもよくしてもらってる。
よろしくね」
「こちらこそはじめまして。
さやかさん、きょうはよろしくおねがいします」
「こんなに早く帰ってるってことは、もしかしてテスト前の部活停止?」
「そうなんです、中間が近いんで。
部活停止のおかげで、助かってるところもあるんですけど…」
「ん、そんな厳しい部活に入ってるの、体育会系とか?」
「いえ、バリバリの文化系なんですけど、3年の先輩が怖くって」
「あらま」
「人当たりが強いんだって。女の子で、ちょうど高1までのさやかみたいに」
「ひ、ひとこと余計なんだから愛は」
「どこが余計だった?」
「キョトンとするなっ!!」
「じゃあわたし夕ご飯の下ごしらえするから。
ごゆっくり~」
――なにが『ごゆっくり』だっ!
× × ×
「――あんな感じで疲れない? いつも接してて」
「そこは慣れてるんで」と苦笑。
姉弟なんだなー。
「……わたしもひとのこと言えないや。
愛が言ったとおりなんだ。
むかしは、人当たりが強くって。
ちょっとどころじゃなく面倒くさいヤツだったんだ、わたし。
愛と……出会うまでは、ね」
あれ???
なんでこんなこと、初対面の利比古くんの前で、ベラベラしゃべってんだろ、わたし。
「い、いけない、いけないね、勉強を教えてあげないと、」
「姉といろいろあったんですね」
「どうしてわかるの……」
「わかります。」
「…英語は大丈夫だって聞いてるから、数学やろっか数学。とにかく数Ⅰの今の段階だったら、問題をたくさん解けばなんとかなるから…」
なにゆえテンパってんのか、わたし?
年下の男の子との接し方を、もっと予習すべきだったー??
あらかじめ持ってきた数Ⅰの問題集を出そうと思ってカバンをまさぐったが、不都合にもなかなか問題集が出てこない…!
「さやかさん、落ち着いてください」
カバンの中にある手を思わず止める。
「勉強すべきなんでしょうけど、その前に、
ぼくは学校での姉の様子とかも、教えてもらえたら嬉しいかなー、って」
わたしは深呼吸した。
「愛――しばらく、こっちこないよね」
「たぶん」
「わかった。
愛の前だと話せないようなこと、教えてあげよっか」
「えっ、ぼくとても気になります」
……意外と、欲望に忠実なのかな?
× × ×
「――というわけで、意外と愛はおっちょこちょいだったり、甘えんぼうさんだったりするのでありました」
「なるほど。
ぼくは、姉のことを、一生超えられない存在だと思っているのですが……、
人間、誰しも完璧ではないですよね」
「愛ってさ。
料理で失敗することってあるの?
フライパンを焦がしちゃったりとか」
「焦がしたことはないと思いますね~」
「あるわけないじゃん」
「おおおおおお姉ちゃんいつの間に」
「あちゃー」
「あちゃーじゃないでしょさやか。ホントに勉強してたの? してないんじゃないの!?」
「いいじゃん有意義だったし」
「……勉強しないとふたりとも夕飯抜きにするよ」
「お姉ちゃん怒らないでよっ、夕飯抜きならぼくだけでいいよ」
「えっ。
利比古だけ夕飯抜きなんて、そんな取り返しつかないことできるわけない……」
あのねえ……。
あきれる、けど、
理不尽なくらい、弟さんのこと好きなんだなーってことは良くわかった。
わたしも同じだ。
理不尽なくらい、兄さん好きだから。
……兄さん以外にも、
年上の男性(ひと)のことになると、感情が理不尽に暴れ出して。
荒木先生のことは、さすがに利比古くんにはバラせないや。
バラす必要、最初からないんだけど。