ベッドの側面に背中をぶつけて、眼が覚めた……。
すでに起床していた愛が、背後から、わたしの両肩に手を乗っけてくる。
「だいじょーぶ? 痛くなかった? さやか」
「……なんとか」
「さやかの寝相の悪さ、筋金入りね」
筋金入りってなに、筋金入りって。
ゆっくりと、わたしは床敷きの布団から立ち上がって、
「愛。わたし音楽聴きたい。あんたの持ってるCD、流してもいい?」
「いいよいいよ」
「ありがと」
CD棚へ。
ふむ。
いつもながら、充実した品揃え。
悩む。迷う。
――ジャズのアルバムにしよっか。
ラジカセの再生ボタンを押す。
ジャズをBGMにして、テーブルを挟んで、愛と向かい合う。
「さやかに、『おはよう』を言ってなかった」
「あー、わたしもだね。おはよー、愛」
「おはようさやか。
それと……」
「……それと??」
「あのね」
「じ、焦(じ)らすね」
「――この、【愛の◯◯】シリーズ……きのうで、通算1000回を達成したようなの」
「……どういうこと」
「だからっ、ブログの、『愛の◯◯シリーズ』カテゴリーが、1000を超えたってことよっ!」
「それ、めでたいの……」
「めでたいに決まってるでしょ。雑誌に連載されてる漫画が、通算1000回に到達したようなものなのよ」
「ちょっと……違うんじゃないかなあ」
「懐疑派なの!? さやか」
「いやいや、懐疑派って、なに」
「ふぅ」と謎のため息をついたかと思うと、愛は、
「ともかく、1000回の大台よ。ブログの中の人を、ホメてあげてよ」
「どうやったら中の人をホメることができるのか、わかんないけど……シリーズ1000回ってことは、立ち上げから、かなりの月日が経過したってことだよね」
「約4年前からやってるからねぇ」
そう言ったかと思うと、わたしのほうに身を乗り出し気味に、
「さやか。あなたと出逢ってから――もう3年以上経ってるってわけ」
「――そうなるよね」
「波乱の出逢いだったけどね」
「だったけど、雨降って地固まった」
「ああいう出逢いだったから、よかったのかしら」
「そうだと思うよ。愛」
感慨深く……ふたりで、思わず、笑い合ってしまう。
× × ×
朝食後、愛の部屋に戻って、まったりとふたりでコーヒーを飲んでいた。
「愛、BGM流したい」
「こんどは、どんなジャンルのCD選ぶの?」
「洋楽」
「もっと具体的には」
「んー、トーキング・ヘッズ」
「またまた、古風な」
「古風かなあ?」
「だって、『リメイン・イン・ライト』がリリースされてから、40年以上経ってるのよ?」
「……言われてみれば」
「わたしの母ですら、トーキング・ヘッズは後追いだったんだし」
「……わたしの父さんも、『リメイン・イン・ライト』、持ってたな」
「さやかのお父さんは、いくつぐらいなの?」
「えーとねえ……」
父さんの年代を言おうとした瞬間。
ドアがこんこん、と、小気味よく2回ノックされた。
「――利比古ね、たぶん。わたしが開けてくるわ」
そう言って、愛は立ち上がり、ドアに近づいていく。
× × ×
愛の弟の、利比古くん。
彼が……緊張気味に、正座して、わたしと向かい合っている。
「あの、さやかさん……。教えていただきたいことが、あって」
わたしは優しく、
「なにを、教えてほしいのかな?」
「あのですね……」
「うん」
「……手紙。手紙の、書きかたを……です」
「手紙」というワードに、少しドキリとする。
「な……なんで、手紙の書きかた? なぜに……わたしに、教えを??」
「それは……」
うつむいて、赤面の彼。
「……」
「ちょ、ちょっと、説明してほしかったり、も」
「さやか、さやか、」
愛がわたしの手を取って、
「ちょっと来てよ」
「え。来て、って」
――すかさず、耳打ちする、愛。
『姉のわたしから、説明したほうが、手っ取り早いわ。だから、いったん外に』
× × ×
「……つまり、利比古くんのモテモテぶりが、背景にあるのね」
「そうよ。毎週のように、下駄箱にラブレター、よ」
「……で、ラブレターには、丁寧に返事を書くべきだ、と、思い立ったってわけか」
「マジメでしょう!? わたしの弟」
「姉とは正反対だねえ」
「ぐ……」
マジメの正反対、を指摘され、やけっぱち気味に、利比古くんの姉は、
「とにかく!! さやか!! あなたは、長文のお手紙を認(したた)めたことがあるんだから!!
……教えられるでしょう? 手紙の、書きかた」
たしかに、認(したた)めた。
それまで書いたこともないような長文を、直筆で書き、差し出した。
ただ、出した相手、は……。
「荒木先生にラブレター送ったんだから、ラブレターの返事の書きかただって。――ねえ、そうでしょ? 教えてあげられるでしょ? さやか」
「……」
「――どうしてうろたえ始めちゃってるのよ、さやか?」
だって……。
「荒木先生」という名前が出た、瞬間から、
すごく……恥ずかしい……。