愛の部屋をノック。
出てきた愛に、
「おまえが『読みたい』って言ってた漫画、貸しにきてやったぞ」
「そうなんだ。ありがとう、アツマくん」
漫画本を渡す。
渡すついでに、
「ちょっと、おまえの部屋に入って、時間、つぶしてもいいか?」
すると、愛はいささか慌て気味に、
「え、いま!?」
「――どうした? ダメなんか?」
「えっと……ダメというか、なんというか……んっと」
ふむ。
もしかすると。
「ひとり暮らしのハウツー本でも読んでたか」
「どうしてわかるの……」
× × ×
『ひとり暮らしはあなたを3段階成長させる!』なる本が、勉強机に置かれていた。
小さめのテーブルを挟んで向かい合う愛に、言う。
「バレバレなんだよ。おまえ、隠すのがヘタッピすぎだろ」
「……」
勉強机のほうを見て、
「気づいてたよ、ああいったたぐいの本を、やたら読んでる、って。おまえがハウツー本を読むこと自体、めったになかったし、どうしちまったんだろうなぁ、って、思ってた」
単刀直入に、
「ひとり暮らしがしたいんか? 愛」
――愛は、アワアワと慌てながら、
「いますぐに……って、わけじゃないのよ。……そう、いますぐ引っ越しとか、考えてるわけじゃない」
「じゃあ、いずれはひとり暮らし、始めるんか?」
「それも……微妙。」
まさに微妙な顔つきである。
「でも、興味がある、ってこったな。それは、わかった」
おれが、言っておきたかったのは、
「もし、おまえがひとり暮らしを始めるとしたら――おれが、いつもそばに居られなくなるけど、耐えられそうか?」
うつむいて、悩ましい表情の、愛。
「――そこらへんは、よく考えて、判断するんだな」
言うべきことは、言った。
愛は、鬱屈そうな感じで、うつむき続けている。
深刻になりすぎるのも、どうかと思い、
「話は、ここまでだ。――もう、きょうは、問い詰めたりしないから、安心していい」
「……そう」
「顔、上げないか?」
愛は少し、目線を上げる。
「もっと上げてくれると嬉しいんだが、目線」
そう言うが、ほんの少ししか、目線が上がらない。
やれやれ……。
村上春樹の小説の主人公じゃなくても、「やれやれ」って言いたくなっちまうよ。
「愛」
「……なぁに」
「こっちこいよ」
「アツマくんの……そばに?」
「ダメか?」
愛は小さくかぶりを振って、
「ううん。ダメじゃないよ」
× × ×
おれの側(がわ)に床座りの場所を移した愛。
じぶんの右肩を、おれの左肩にくっつける積極性を見せる。
「髪が、また……伸びてきたな、おまえ」
「そうね、伸びたわね」
「このまま、伸ばし続けるんか?」
「ん~、どうかしら」
「曖昧な」
「ゴメンね」
「許した」
「ありがと。微妙で曖昧な態度のわたしを、受け止めてくれて」
「おれも、さ……問い詰めるみたいに、なっちまってたから」
「気にしてないから」
「よかった」
肩を肩にひっつかせたまま、愛が、
「ねえ。もっと、イチャつこうよ」
「なに言いやがるかと思えば……」
「だれにも邪魔されない時間帯だし、いま」
たしかに、あすかや利比古が帰ってくるのは、まだ先だ。
「あっためて。アツマくん」
「……どうして」
「めっきり寒くなってきたし。冷えるのイヤだし」
「……どうやって」
「抱きしめて」
「……どういうふうに?」
「あなたの、好きなように」
「――甘えんぼうが。」
そう言いつつ、おれなりのやりかたで――甘えに甘える愛を、抱きしめて、あっためる。
爆発しろ! と言われるレベルではないけれど……リア充な、昼下がり。