【愛の◯◯】早押しボタンを押した瞬間に白熱

 

さやかさんが、『ソニックアドベンチャー2 バトル』をプレイしている。

その姿を、愛が、いかにも退屈げな表情で、眺めている。

 

× × ×

 

おれが、ニンテンドーゲームキューブを持ち出してきてあげたら、さやかさんは、とっても喜んでくれた。

大乱闘スマッシュブラザーズDX』で遊ぶことになった。

対戦メンバーは、

 

・おれ

・愛

・さやかさん

・流さん

 

の4名だった。

 

しかし。

愛が、ほか3人のスマブラの腕前にまったくついていけず、連戦連敗を繰り返し、さじを投げてしまったのである。

 

――「用事があるから」と、流さんが抜けてしまい、ゲームキューブの前に3人だけとなってしまった。

「もうゲームキューブは懲り懲り」とコントローラーを投げ出してしまった愛。

「しょうがないねぇ」とさやかさんは苦笑い。

 

「アツマさん、ふたりでなにか、プレイしますか?」

「いや、おれは、愛の機嫌を直してみるよ」

「――わかりました。よろしくおねがいします」

申し訳無さそうに、さやかさんは笑う。

 

× × ×

 

で、さやかさんが『ソニックアドベンチャー2 バトル』を華麗なテクニックで攻略しているあいだ、おれは、愛の機嫌を直すのに努めていた……というわけだ。

 

ところが、愛のヤツ、なかなか機嫌が直らない。

退屈さを隠そうともしない。

 

「いいかげん、むすーっとするの、やめたらどうなんだよ」

「だって、つまんないんだもん」

「テレビ画面をよく見てみろよ。さやかさん、スゲーぞ。プロゲーマーも顔負けのテクニックだ」

「……わたしがプレイヤーじゃないでしょ。上手いのは、さやか。わたしは、見てるだけだから、体験を共有できない」

「……体験を共有できなくても、せめて、『すごく上手いね!』とか、彼女をホメてあげるぐらい、してやれよ」

 

ステージ攻略が一段落したさやかさんが、コントローラーを置いて、

「退屈になっちゃうよねえ、やっぱり。無理もない」

愛は、遠慮さ皆無で、

「うん、つまんなーい」

「タハハ」

と苦笑し、さやかさんは、

「愛、あんたが楽しめる遊びを、考えなきゃだねえ」

と言ってから、おれのほうを向き、

「アツマさん。――なにか、思いつきませんか?」

「――遊びを?」

「ハイ」

 

ううむ……。

 

……ふと、とあるテレビ番組のことが、頭に浮かんできた。

 

「……TBSで、『東大王』って番組、あるだろ?」

「ありますね、クイズの番組」

「アレに、さやかさんが出演したら、面白いんじゃないか……と思うことがあって」

 

「ちょっとちょっとアツマくん!! 突拍子もないこと言わないでよっ」

「だって、さやかさん東大じゃんか」

「そうだけど!! さやかは、東大なんだけど!!」

「愛よ」

「な、なによ」

「クイズ、したくないか?」

「ハァ??」

「物置きの部屋に、早押しボタンがある。おれが出題係になって、おまえとさやかさんで、クイズバトルだ」

 

× × ×

 

「なんでわたしがこんなことしなきゃなんないのよ」

 

――反発しつつも、早押しボタンの前に座っている愛。

 

「愛、おまえは挑戦者だ。東大王を倒せ! ってコンセプトだぞ」

「わたしは東大王なんですか」と、挑戦を受ける側のさやかさん(文科三類)は、やれやれ……と言いたげな笑い顔。

 

「……そうねえ。東大生をやっつけるのも、面白いかもしれないわねえ」

「お、気が変わったか? 愛」

「だんだんその気になってきたわ、アツマくん」

 

「――負けないよ、愛。駒場の誇りにもかけて」

「言ってくれるじゃないのぉ。さやか」

 

よっしゃよっしゃ。

 

「じゃ、さっそく出題するぞ。1問正解ごとに1ポイントで、不正解はマイナス1ポイント。5ポイント先取したほうが勝ちだ」

 

どこからともなく持ってきたクイズ問題集を、読み上げ始める。

 

「第1問。第77回芥川賞を『エーゲ海に捧ぐ』で――」

 

とたんに『ピンポーン!』という音が上がった。

愛が解答権を得たのだ。

 

池田満寿夫!」

「せ……正解。愛、1ポイント」

「アツマくん、ビビってない? わたしの早押しの速さに」

「だ……第2問。

 ナポレオン戦争後、ウィーン会議の議長となった、オーストリア――」

 

『ピンポーン!』

 

「さ、さやかさんどうぞ」

メッテルニヒ。」

「正解……。さやかさんに1ポイント」

 

「アツマくん、次、次」

「えーそれでは、第3問……。

『これは王国のかぎ』『勾玉三部作』『西の善き魔女』といったファンタジー小説――」

 

『ピンポーン!』

 

荻原規子!!」と叫ぶように解答する、愛。

「……正解。愛、2ポイント」

「連続正解で、突き放したいわね」

「……眼が、メラメラ燃えてるみたいだぞおまえ」

「出して! 問題! はやく!!!」

「……。

 第4問。

 俳句で、『竹馬』は、いつの季語でしょう?」

 

『ピンポーン!』

 

わずかに速かった、さやかさん。

「冬!」

「――正解。さやかさん、2ポイント。同点」

 

「さやか、次が、勝負の分かれ目みたいね」

「わたしもそんな感じしてるよ。愛」

 

ヒートアップ。

暖房もかけてないのに、11月下旬の寒さが、どっかに逃げていってしまい……。

 

「――第5問、行くぞ。

『ああ麗はしい距離(デスタンス)/常に遠のいてゆく風景……』という冒頭のフレーズで有名な『母』などが収録された詩集『海の聖母』ほか――」

 

ピンポーン!

 

ほぼ同時に、ボタンが叩かれた。

ふたりのうち、解答権を得たのは――。