「なんか、ゴメンねえ。ずいぶん早い時間に、お邪魔しちゃって」
平謝りの葉山。
おれは言う、
「おまえの平謝りにも慣れちまったよ、葉山」
「えええっ、戸部くん、なにそれっ」
パーティーのセッティングの手を止めて、おれは嘆息する。
葉山はすでに、お誕生日席。
「――疲れてるの? 戸部くん」
「違う。疲れてるというより、呆れてるんだ」
「――わたしに?」
「おまえに。」
「――呆れさせちゃったか。罪な女ね、わたしも」
……「罪な女」とか言うのは、自重してくださらないか。
葉山は、10時前に邸(いえ)にやってきた。
おかげで、朝10時台のテレ東のアニメが観られなかった。
……観られなかったからといって、どうということはないんだが。
約束の時間は……正午を過ぎてからだったはずなんですけどねえ。
そんなにこの邸(いえ)で誕生日を祝ってもらうのが、楽しみで仕方なかったんか。それで、居ても立っても居られず、盛大にフライングしたってわけか。
「――約2時間のフライングになっちゃったわね」
時計を見上げて、葉山が言う。
「そーだよ、フライングだよ。反省でもしたらどーなんだ」
……くつろぎ過ぎなんだよ、速攻でお誕生日席に張り付きやがって。
すると、葉山は、反省の色もなく、
「フライングといえば……」
「は?」
「ボートレースでフライングしちゃったレーサーの舟券(ふなけん)は、買ったひとに返還されるのよ」
コイツ……。
「……公営競技にむりやり結びつけるのが、習慣にでもなってんのか!? おまえ」
「あ~ら、『公営競技』なんてことば、よく知ってたわね」
「……。
きょうは、競馬で、マイルチャンピオンシップっつうレースがあるらしいじゃねーか」
「そうよ。だから、マイルチャンピオンシップのレース中継を見届けてから、お邸(やしき)を出るわ」
「15時40分発走、だったか?」
「詳しいじゃないの」
「……馬券は?」
「スマホで買った。今週は、控えめに」
「……」
「あのね。ワンコインが、諭吉さん10枚になるかもしれないような――」
「知らん!!」
……どうにも、操縦しきれねえ。
コイツを制御できるのは、やはり、後輩の、愛……か。
愛に葉山の相手をさせようと思い、ダイニングキッチンに足を運ぼうとした。
そしたら、スキップするような勢いで、あすかが、バースデーパーティー会場にやってきた。
おれの妹は、葉山が座るお誕生日席の斜め左前の席に、勝手に腰を落ち着ける。
「おはよーございます♫ 葉山さん」
「はい、おはよう、あすかちゃん」
ニッコリあすかに、ニッコリ葉山。
「あすか……おまえ、なにがしたい」
「決まってるじゃん。葉山さんを、おもてなしするの。ほかにパーティーに参加するひと、まだぜんぜん来ないでしょ?」
「それは……そうだが」
「間(ま)があくじゃん。葉山さん、退屈しちゃうじゃん。
……わたしがお相手してあげますからね? 葉山さん。こんな愚兄に仏頂面されるより、100万倍いいでしょ」
チィッ。
「あすかちゃんあすかちゃん、お兄さんも、少しは立ててあげましょうよ」
「ダメです。つけ上がるので」
スポーツ新聞を丸めて……妹の頭をはたいてやりたい。
が、あいにく、新聞類が周りにない。
「えっと、とりあえず、あすかちゃん、推薦入試お疲れさま」
「ありがとうございます!」
うるせえよ、声が。
おい。
「わたしの推薦入試終わり記念に、ふたりでメロンソーダで乾杯しませんか? 葉山さん」
「あ、いいわねえ」
「そうと決まれば……」
「……見るなよ。おれの顔を」
「メロンソーダ提供係はお兄ちゃんしかいないんじゃん」
「あすかがじぶんで持ってくるっつう発想はどこに行ったんだよっ」
「わたし推薦入試明けでくたびれてるの」
「真っ赤な嘘をつくのはやめーや」
「くたびれてるし、おもてなし気分も上々☆」
「意味がわからんのだが!?」
× × ×
「……ほれ」
「やったー、ありがとう、戸部くん」
「やったー、ありがとう、たまには頼りになるお兄ちゃん」
「……」
そして、
『カンパーイ!!』
と、葉山とあすかは、メロンソーダ入りのグラスを打ち鳴らすのであった。
あっという間にグラスの約75%を飲み干した葉山が、
「ねえねえ。利比古くん、呼べないのかな」
「あー、呼んじゃいましょうか? 彼、いま、部屋にいると思うんで……お兄ちゃん、また、出番だよ」
「徹底的にパシらせる気だな」
「きょう限定だからっ。おねがーい、お兄ちゃーん」
「利比古呼んで、どうしたいってんだよ。……あんまりイジメてやるなよ」
「……イジメたりなんか、しないけど」
「信用できんぞ……なんだよあすか、その暗黒めいた笑いは」
渋々に、階段へと歩を進めていくおれに向かって、
「戸部く~ん」
「……なんじゃいな、葉山」
「利比古くんのこと、好き?」
……葉山の暗黒ニヤけフェイスが、ありありと眼に浮かぶ。
が、おれは素直に、こう答える。
「好きに決まってんだろ。いっしょに住んでる、大事な『家族』なんだ」
「――マジメなのね~、戸部くんって。あなたのマジメさに、乾杯」
「――勝手に乾杯してろや」
「ウフフフッ」
「からかうのも、いいかげんにな!!!」
「かわいーわねぇ」
「……アホっ」