「葉山、今日はおまえが主役だ」
「え。どういうこと……戸部くん」
「早くソファに行けよ。とびきりのクリームソーダ作って持ってくるから」
「わたしが主役な理由は答えてくれないの」
「答えてやらん」
「そんな!」
「クリームソーダ食えばおまえの疑問も消し飛ぶ」
× × ×
でかいグラスに入った特製のクリームソーダを葉山のもとまで運搬する。
おれの言動にいまだ疑念を持っている様子の葉山。しかし特製クリームソーダの誘惑に負け、スプーンを手に取る。
クリームソーダのてっぺんのバニラアイスを食った途端に、葉山の表情が一気に柔らかくなった。
もうひとりの邸(いえ)への来訪者たる藤村が、となりの葉山に、
「はーちゃん幸せそう。よっぽど美味しいんだね」
照れ混じりの笑顔で葉山が、
「だって美味しいんだもん。今日のはいつも戸部くんが作ってくれるクリームソーダよりも美味しい」
「特製だからな」とおれ。
「サービス満点ね」と葉山。
「言ったろーが。葉山が主役なんだって」
「あくまでわたしの主役にこだわるのね」
そう言いつつ、葉山はスプーンをいったん置いて、
「ま、いいんだけど」
「ねえねえ、はーちゃん」
心なしか葉山との距離を詰める藤村。
「クリームソーダ、少し飲ませてよ」
「ええっ……ストローならもう口をつけちゃってるのよ、杏(アン)」
「気にしない気にしない」
藤村はクリームソーダのストローを右手でつまみ、
「女の子の親友同士なんだから、いいじゃんよ」
× × ×
「ほんとうに大親友だよな、おまえら2人は」
「いつから大親友だって思ってんの。高校3年生のときに知り合ったんだよ? 仲良くなって、もう5年も経ってる」
言う藤村。
藤村は葉山に視線を送る。
その視線に応え、葉山が視線を送り返す。
2人とも微笑。
そのあとで藤村が、真向かいのソファのおれを凝視してきて、
「ぜんぜん違う話なんだけどさ」
と言い、右腕で頬杖をつきながら、
「明日からわたしも戸部も仕事はじめなんだけど、あんたの職場はホワイトそうでいいよねえ。羨ましいったらありゃしない」
「ぬぬ」
「そんな苦い顔にならないでよっ戸部。いくらわたしが羨ましがってるからって」
「グレーゾーン……だったっけ、おまえの職場は」
「正解」
「大変だな」
「そうだよ。職場をあんたと交換してほしいぐらい」
「そこまでキツいのかよ」
「交換してほしい云々は冗談だけどね」
「ほんとうに冗談なんか?」
「えー。冗談なのかどうかの見極めがヘタ過ぎるでしょ」
「けっ」
「ところでさあ」
「まーだなんかあるんか藤村」
「あるよ。愛ちゃんのことだよ、愛ちゃんの」
「あいつが今頃どうしてんのか、みたいな?」
「超正解」
「愛なら大学の友だちの女の子と会ってるよ。大井町侑(おおいまち ゆう)ちゃんっていう子なんだけど」
「その子カワイイの」
「な、なぜそんなこと訊く」
アハハハ、と笑う藤村。
ここで、呆れ混じりの微笑で葉山が、
「戸部くんをあんまりタジタジにさせるのもどうかと思うわよ、アン」
と言ってから、おれに向かって、
「あなたのパートナー、大学でいい女友だちができて良かったわよね」
「まーな。最初は反発し合ってたこともあったみたいだが」
「反発し合ったあとで、引き合った」
「そーゆーこった」
「と・こ・ろ・で」
楽しそうな笑顔の葉山は、
「わたし、あなたのパートナーにお願いがあるのよ」
「愛にお願い? 直接言えばいいだろ」
「今日はあの子と会えないから」
「だったら明日でも」
「戸部くんは『善は急げ』っていうコトバを知らないのね」
「し、知ってるが……」
「とにかく!」
やや前のめりになった葉山は、
「伝えてちょーだい。『今年は羽田さんにわたしの『先生』になってもらいたい。もちろん無理しない範囲で構わないから』って」
……『先生』?
「それは、家庭教師(カテキョー)的な??」
「そうよ戸部くん」
「なんでまた」
「理由を言うのは後(あと)よ」
「な、なんで」
不敵に笑う葉山。
『わかってないわね……』と無言で言っている。
「わ……わーったよ。愛には、すぐ伝える」
「それでこそ戸部くんよ」
さらに明るくなる葉山の表情。
「ねーねーっ。戸部くん、わたしとちょっと『コトバ』で遊んでみない?」
「は!? 『コトバ』で遊ぶ!? いきなりな」
無茶振りの葉山は、
「しりとりを、わたしと」
「なぜに」
「始めるわよ。『タンヤオ』」
「お、おおいっ!!」
「始まってるのよ戸部くん?」
「……。『オートバイ』」
「『イクイノックス』」
「す……『酢豚』」
「『タニノギムレット』」
「『トマトソース』」
「『スーパークリーク』」
「『クリスマスケーキ』」
「『キタサンブラック』」
「『栗おこわ』」
「『ワンダーアキュート』」
「『豆腐』」
「『フサイチパンドラ』」
「『ラー油』」
「『ユーワジェームス』」
「それも……馬か??」
「馬よ。87年有馬記念2着」
「す、『すき焼き』」
「戸部くんも食いしんぼうねえ~~~」
うるさいっ。
藤村。おまえも大笑いしやがって。
おれと葉山の終わりが見えないしりとりが、そんなにおまえの笑いのツボにハマってんのかよ……!!