お邸(やしき)のリビング。
右斜め前にはアカちゃん、左斜め前にはさやかが床座り。
トリオ女子会なのである。
おびただしい数のビール缶がアカちゃんの眼前(がんぜん)に集まっている。
早く飲みたくて仕方が無いアカちゃんが、
「乾杯しましょうよ」
と言いつつ、ロングサイズのビール缶をもう持っている。
「新年早々しょーがないねえアカ子も」
呆れ気味のさやか。
「さやかちゃんもビール?」とアカちゃん。
「どーしよっかな。チューハイも捨て難いんだよね」とさやか。
「迷ってるヒマはあんまり無いわよ」とアカちゃん。
「急かさない、急かさない」とさやか。
「急かすわよっ!」とすごい勢いでアカちゃん……。
アカちゃんを落ち着かせる役はわたしだから、
「お酒はゆっくり味わうほうが美味しいと思うわよ? アカちゃーん」
とたしなめて、焼酎を静かにグラスに注(そそ)いでいく。
アカちゃんが少し顔を赤らめる。
× × ×
ロング缶ビール3本と普通サイズの缶ビール3本を立て続けに飲んだアカちゃんが、
「三ヶ日(さんがにち)はもう過ぎちゃったけれど」
と言い、
「2024年になったことだし、今年の抱負を言ってみたいわ」
まだ普通サイズ缶ビールの2本目を飲んでいる最中のさやかが、
「それはぜひ教えてほしい」
「さやかちゃんもわたしのあとで言うのよ?」
「マジ」
力強く首を縦に振るアカちゃん。
「わたしの今年の抱負を、ひとことで言うならば……『編(あ)む』」
ほほおー。
「あなたらしいわねアカちゃん。編み物大得意だもんね」
「そうね大得意よ。けれどね愛ちゃん、『編む』っていうのは編み物だけの意味合いじゃないのよ」
「あー、なんとなく分かる。アカちゃんはいろんなものを『編んで』いきたいのよね」
「そう。そういうことよ」
わたしに向かってアカちゃんが力強く言う。
ここでさやかが、
「具体的には~?」
とおフザケ気味にアカちゃんに問う。
少し機嫌を損ねた顔でアカちゃんは、
「さやかちゃんってそんなに物分かりが悪かったかしら。具体例を出さなくても、すぐに把握してくれると思ったのに」
「まあまあアカ子。わたしも今年の抱負、ひとことで言ってあげるから」
「……お願いするわ」
「漢字1文字で、『学(がく)』。もちろん『学ぶ』の『学』」
「なるほどねぇ」
と言ってわたしは、
「学問の道をひたすら進んでいくってことね。大学院進学に進路を固めてることだし、より一層勉強に打ち込んでいく、と」
「未来の教授だものね」
とアカちゃん。飲み干したビール缶の数がいつの間にか10本になっている。
10本の大台に乗せたアカちゃんは、11本目のビールをぐいぐいと飲んでいったあとで、
「さやかちゃんがノーベル賞を取るのが待ち遠しいわ」
「いやいや、わたし文系だから」とさやか。
「分かってるわよ。ジョーダンで言っただけ」とアカちゃん。
「わたしは地道に研究がしたいの。派手さは要らない」とさやか。
ここでわたしは、
「『青島さやか先生』かぁ」
と言い、さやかに微笑みかけ、
「待ち遠しいわねー」
とイジワルっぽく言い、左腕で頬杖をつき、視線ビームをさやかの顔に当て続けながら、
「もっとも、『荒木さやか先生』になってるのかもしれないけど」
× × ×
女子校時代から片想いし続けている音楽の荒木先生のことでイジられたから、新年早々さやかがスネてしまった。
わたしをひとしきり叱ったあとで、わたしの顔を見てくれなくなってしまった。
「ねぇさやかー、こっち向いてー」
「……」
「そんなにスネないでー」
長めの沈黙。
怒ってるのかしら……と良心が少し痛む。
「さやか? 悪かったわよ、デリケートな部分に触れちゃって――」
そう言ってみた。
するとさやかが予想外な行動に出た。
いきなりバッ! と立ち上がったのである。
ソファ座りのわたしにズンズン向かってくる。
驚いていたら、左隣に腰を下ろしてきた。
「そ……それはどういう行動、さやか」
「あんたが今年の抱負を言う番でしょ、愛」
「た、たしかにそうだけど」
「間近で聴かなきゃ気が済まないんだよ」
「緊張しちゃう」
「しなくてもいいから」
「さやかの髪がまた伸びてるのも実感しちゃうし……」
「それは今年の抱負と1ミリも関係ないっ!」
「どうしてそんなに厳しいの」
「いつも通り接してるだけだけど?」
「言いたい抱負も言えなくなっちゃうじゃないの」
「なんで」
「激しいから」
「!?」
「さやかが、激しいからっ!!」
「わ……わたし、お酒が回ってるわけじゃないし。普通だし」
「激しいったら激しいのっ!!」
「あんたのほうが激しくなってるんじゃない!? 焼酎のせい!?」
「焼酎はなんにも悪くない」
「へ……ヘルプ。ヘルプして、アカ子」
「ダメよ、アカちゃんに頼っちゃ」
「美人女子大学生が台無しだよ……愛」
「どーして『だいなし』なんてゆーのよっ!!!」
「……だめだこりゃ」