「蜜柑さん、また『磨きがかかってた』」
「そう? さやかちゃんは蜜柑に甘いのね」
「アカ子が甘く無さ過ぎるんだよぉ」
「憧れなのね、蜜柑が」
「うん」
「蜜柑の部屋に行ってみる?」
「……ちょっとそれは、勇気出ないかな」
「あら。あなたらしくないのね」
「アカ子がついてきてくれるのなら、いいけど」
「1人で行かないと意味がないわよー」
アカ子のいじわる。
蜜柑さんの部屋に2人きりなんて、極度に緊張しちゃうじゃん。
蜜柑さんルームに行く代わりに、アカ子ルームのあちらこちらに置かれているぬいぐるみを眺め回す。
ぬいぐるみは全てアカ子のお手製だ。
お手製ぬいぐるみがまた増えた気がする。
「コリラックマが増殖してるじゃん」
コリラックマが3匹になっているのだ。
「コリラックマは作りやすいのよ」
「へぇ。わたし手先があまり器用じゃないから、ぬいぐるみの作りやすさとかよく分かんないけど」
「お裁縫はしないの?」
「しない。母さんに任せっきり」
「じゃあ、家庭科は不得意科目だったのかしら」
「5段階の4止まりだった」
含みのある笑顔になってアカ子は、
「さやかちゃんのウィークポイントね」
少し焦り気味にわたしは、
「かもしれないけど、ぜんぜんできないってわけじゃないから」
「ふうん」
余裕のアカ子は丸テーブルからハイボールの缶をひょいっ、と取って、
「まあとりあえず、飲み始めましょうか」
「ガブ飲みしたくて仕方ないって顔だね」
わたしの指摘をスルーして、
「乾杯するわよ。好きなお酒を選んで」
「わたしもハイボールにしとく」
「さやかちゃんって、お酒に関しては主体性が無いわよね?」
「あんたはあんたで、お酒に対する積極性があり過ぎ」
またわたしの指摘をスルーして、
「コリラックマにも、乾杯ね」
と、不可解なコメント。
× × ×
「昨日は、わたしとあなたと愛ちゃんの3人で、今年の抱負を言い合ったわけだけれど」
「愛がなかなか抱負を言い出さなかったから焦ったよ」
「あなたと愛ちゃんの押し問答は見ていて楽しかったわ」
「こっちは大変だったんだからねー」
「愛ちゃんの抱負、『楽しむ』だったわよね」
「『今年1年、とにかく楽しむ。自分が楽しむことで、他の人も楽しくさせられる』」
「そんなこと言ってたわよね。愛ちゃんらしいかも」
「自分本位な気もするけどね」
「さやかちゃん」
「なに」
「もっと自分本位になりなさいよ」
「な、なにに対して!?」
「決まってるわ。お酒に対してよ」
「……」
「お酒よ。お・さ・け」
「もっとたくさん飲みなさい、と?」
「飲む量も大事。だけど、飲むお酒の選択も大事。わたしがハイボール飲むから自分もハイボールにするとかじゃダメよ。自分の意志で選ぶのよ」
「哲学だな。もはや」
「哲学かつ美学ね」
「あはは……」
× × ×
丸テーブルが空き缶で埋め尽くされている。
ほとんどはアカ子が飲み干した缶。
本人の名誉のために、本数は記さないでおく。
まったく酔ったような素振りを見せずにアカ子はベッドに腰掛けている。
床に座りっぱなしのわたしを見下ろし、見つめ、
「あ~~っ。お酒って、ほんといいモノよね~~」
「21歳の可憐な女子大学生らしくないコト言うねぇ」
「いいモノはいいのよ」
「分かった分かった」
「わたしの両親は、もーっと強いのよ?」
なんとなく分かる。
「血筋ってすごいねえ」
「先祖代々よ」
「さすがは名家(めいか)だ」
「名家なのは関係ないと思うけれど」
「自分の家が名家であることは否定しないんだね」
「否定する余地が無いわ」
ほほーっ……。
そう言うのなら。
わたしは、敢えて、
「お嬢さま。そろそろおやすみになられる時刻ではございませんか」
と、声色を変えて言ってみる。
「え……。どうしたの、さやかちゃん」
「お嬢さまぁ。夜更かしをすると、お肌のコンディションがいまいちになってしまいますよー?」
「夜更かしって。まだ11時になったばかりよ?」
「シンデレラは、日付が変わる前におやすみにならなければ」
「シンデレラ!?」
眼を見張るアカ子。
くだらないやり取りではあるけど、次第に楽しくなってきちゃって、
「お嬢さま、自分ひとりでお眠りになれますか? ベッドにひとりで心細かったりしませんか?」
「どうして『お嬢さま』を連呼するのさやかちゃん!? わたしが飲ませ過ぎたのかしら」
「シラフですよ、おじょーさま☆」
「そ、そういうこと言う人が、いちばんシラフじゃないんだから」
「で、ベッドには、ひとりで寝るんですか?」
「どういうこと!? ひとりで寝る以外の選択肢存在しないわよね!? わたしもあなたもコドモじゃない。お互い大学3年生でしょ、ベッドにふたりで、なんて、小学3年生で卒業……」
「いやがらないでくださいよぉ、おじょーさまー☆☆」
「す、スキンシップなら、まにあってるわよっ!!!」
「えー」