「……それで、『私たちが集団ヒステリーだっていうのを取り消してくれたら、羽田くんをそっちにあげる』って、甲斐田部長が」
「そっち、ってのは、ええと…桐原放送協会、だっけ」
「そう。KHK」
まるであすかちゃんの通ってる高校の「スポーツ新聞部」みたいに特殊なクラブ活動が、利比古の桐原高校にも存在するらしい。
KHK(桐原放送協会)の麻井”会長”は性格に難があるみたいで、利比古が助けを求めた放送部の甲斐田部長とは犬猿(けんえん)の仲で、KHKっていうのは麻井会長が放送部から離脱して作った非公認クラブらしくて。
高校のクラブ活動なのに、ずいぶんドラマティックでドラスティックな背景があるものだ。
「利比古は、麻井会長と甲斐田部長の関係がこのままじゃまずい、って思ったんだよね?」
「うん。でも、甲斐田部長といっしょになってKHKに乗り込んだら、『他人(ひと)に頼るなんて卑怯だ』みたいなこと麻井会長に言われちゃって…」
「仕方ないじゃんねぇ。利比古は入学したての1年生なのに。パワハラ上司みたい」
わたしはすこし考えて、
「ねえ…麻井さんって娘(こ)、周りに壁を作ってるのかな」
「基本的にはそういうことだと思う。
でも、いっしょになって放送部を抜け出した2年生のふたりには心を許してるみたい」
「そっか……誰とも折り合えないわけじゃないのね」
「うん……根っから性格が悪いってわけではないと思うんだ。
実際に彼女は、『集団ヒステリー』っていう言葉を取り消したしーー、
ぼく、見たんだ。
『取り消す、だからハネダはこっちのもの』って麻井会長言ったんだけど、
甲斐田部長の顔を見ずにそう言ったんだけど…いっしゅん、きまり悪そうな顔になってた」
「そっかあ。じゃ、甲斐田部長のこと、じつは嫌いじゃないんじゃないの?」
「絶対にそういうことは表に出さないようにすると思うけどね」
「大丈夫だよ、きっとそのふたり、卒業までには和解すると思うよ」
「安心はできないな……」
「それにしても、大変な部活に入ったものね、利比古も。これからKHK一本でやっていくんでしょ?」
「うん。麻井会長怖いけど、2年生のふたりがフォローしてくれるし。甲斐田部長にはきちんとお断りした」
「えらいね。気配りきいてるじゃん。甲斐田部長に対しても、ちゃんと自分の意志を伝えられてる、えらいえらい」
「それほどでもないよ」
「さすがわたしの弟」
「……」
「でも麻井会長とうまく渡り合っていかないとね。利比古の気配り上手が、なんとか良いほうに作用すればいいんだけど」
そもそもなんで放送系のクラブ活動やりたかったの、と訊こうと思っていたが、別の機会にすることにした。
麻井会長に関する話を利比古から聴いていて、かつての青島さやかをーー出会ったころの青島さやかを、思い出しはじめたからだ。
「わたしの親友にね、青島さやかって娘がいるんだけど、あんた会ったことなかったよね?」
「たぶん…」
「じゃあこんど会わせてあげるよ。邸(ウチ)に呼ぼうかしら」
「同級生…だよね」
「ついに違うクラスのままだったけどね。
わたしさっき、麻井会長が周りに壁を作ってるんじゃないかみたいな話したけど、わたしが出会ったころのさやかが、まさに周囲と完璧に壁を作っていて」
「麻井会長とダブるってこと?」
「さすがに呑み込みが早いね~♫」
「でもいまは打ち解けたんだね」
「そうね。
さやかとの関係は出会うなりケンカから始まったから、ここまで仲良くなれるとは最初は思ってなかったけど。
不思議ね。
なにが不思議かって、さやかと仲良くなってから、ケンカなんて一度もしたことないーーたぶん」
「ーーそれでもって、さやかさんをここに呼ぶとして、お姉ちゃんにはどんな魂胆があるの」
弟に軌道修正されるわたし。
魂胆なんて、大げさねえ。
大げさだけど……。
「家庭教師、さやかにやらせようかしら」
「かっ家庭教師!? いきなり!?」
「だって、さやかは未来の東大生だから」
「えええ……」
「利比古の成績がぐんぐん上がるよ~~?」
あっ。
しまった。
さやかの進路、思わず弟にもバラしちゃった。
ごめん、ホントごめん、さやか。
怒らないでね。
(それこそ、ケンカしたくないし…)