夕食後、ダイニングで雑誌を読んでいたら、おねーさんがやってきて、何やら含みのある笑みを浮かべてわたしに声をかけた。
「あすかちゃんあすかちゃん」
「なんでしょうか?」
「さっきインターネットしてたら、こんなものが見つかってねえ」
こんなもの、って、なんだろう。
おねーさんが差し出す紙。
ウェブサイトをプリントアウトしたと思われる。
目立つ文字で、
『高校生作文オリンピック 2020』
と書かれていた。
……オリンピック?
「オリンピックってことは、もしかして」
イヤな予感がしたのでおねーさんに探りを入れると、
「そう、4年に一度あるらしいの」
「初耳ですが……」
「わたしもそうだった」
それに。
「それに、2020っていったって、オリンピック、無しになったじゃないですか」
「代わりにこの『オリンピック』があると思えばいいのよ」
「それは…無茶ってものが…」
「無茶じゃないよ」
いくぶん真面目な顔、真面目な口調になって、
「あすかちゃん、これに出てみるといいよ」
とおねーさんが言い放った。
「出てみる…? 作文を書いて出す、ってことですか?」
「そうよ。枚数規定はあるけど、ジャンルは指定せず、何でもありだって」
『オリンピック』というネーミングといい、ずいぶん大雑把な賞ではないか、と思う最中(さなか)、おねーさんは続ける。
「あすかちゃん文章上手いから、きっといい線行くよ。締切が8月だから、まだ時間あるし」
「わたしが出るのが既定路線なんですね」
「えっ、乗り気じゃ、なかった?」
おねーさんが応募すればいいのに。
「おねーさんが応募すればいいのに」
そう言ってみたが、ふふん♫ と不敵な笑みを浮かべたと思いきやおねーさんは、
「もしこの『作文オリンピック』であすかちゃんが賞を取ったら、取ったらだよ、
あすかちゃん、わたしよりいい大学に入れるかもよ」
ーーとんでもないことを言ってきた。
「そ、れ、は、おっおねーさん?? それは、ひょっとすると、ギャグという意味をこめておっしゃっているのでしょーか!?!?」
「え、本気」
「そもそもこの賞と大学受験になにの繋がりが」
「ほら、推薦入試があるでしょ、推薦入試に『使える』のよ、こういった賞は」
あ、なるへそ。
高校2年の春だし、受験なんてまだ早いって思ってた。
大学、いろんな入試形態があるのは、おぼろげに知ってはいたけれど。
そんな方法もある、か。
「近道」ってたとえが、一番しっくりくる。
だけどーーー。
「どしたー? あすかちゃん、考え込んじゃってるみたいに…」
わたしが眼を閉じてずいぶん長く思案していたから、おねーさんがあわてぎみになってしまった。
ごめんおねーさん。
もう少し考えたいーー。
そう心のなかでつぶやきながら、眼をつむってわたしは最適解答をさぐった。
そして、
「…ごめんねおねーさん。ずっとわたし考えてた」
「わっわたしが無茶振りしちゃったかな??? 『いい大学』とか変なこと言っちゃって、」
「ーー『入試に使える』とか、『いい大学に入れる』とか、そういう動機からなのなら、わたし応募なんてしません。
だって、そういう動機、不純な動機だと思うし。
色気を出すというか…下心というか…スケベな理由みたいで。」
わたしは片方の眼だけパチクリと開けておねーさんに微笑む。
「やっぱりーーまずかったかな? 衝動的に、あすかちゃんに、押し付けちゃって」
美人な顔が、助けを求めるような顔になると、こっちの良心が痛んだので、
「まずかったですねえ」
と、あえて突き放してみる。
もちろん冗談っぽく。
「そっかー、まずかったかー、
じゃあ、忘れても…いいよ、
この、はなしは、
アハハ、」
恐縮そうに、肩が縮こまってるみたいに、立ち上がって、ダイニングから去ろうとしたおねーさん、だったのだが、
「おね~さ~ん、まだはなしはおわってませんよ~~?」
ワザとおどけたようにして、おねーさんの背中に向けて、わたしは呼び止めの言葉を言う。
ピクンと一刹那(いっせつな)震えたおねーさんの背中。
『話が終わってないって、どうしたんだろう?』と言いたげな挙動で、わたしに振り向く。
矢継ぎ早に、わたしはこう断言する。
「出ます、応募します」
「どうしてやる気になったの……? あすかちゃん」
「おもしろそうなので。
やるからには勝ちたい。
金メダルがいいです」