ついにプロ野球も開幕したというのに、あすかさんの様子がなんだかおかしい。
とくに岡崎に対して。
岡崎に突然「近寄らないで!」と絶叫したりとか、今までになかった態度を示すようになってしまった。
いったい岡崎との間に、なにが……。
きょうも自分の席で、記事のことなんかうわの空、という感じだ。
「瀬戸くん」
「桜子?」
「ずいぶんあすかちゃんのことが気になるのね」
「だ、だって」
「あすかちゃんに見とれる前に、もっと自分の仕事を気にしたら?」
くっ……。
「瀬戸さん……、仕方ないですよね」
「あすかさん、ごっごめん見とれてて」
「わたしヘンですもんね」
「そっそんなことない」
「お世辞はやめてください」
岡崎は、席を外している。
「頭が働かないんです。どんな文章を書こうか、着想が浮かばないんです」
「あすかさん……。
きみ……、
大丈夫か!?」
シュン、とうつむく彼女。
「瀬戸くんダメでしょ、責めるような言い方しちゃあ」
「う……悪かったよ桜子」
「わたしに謝ってもしょうがないでしょ。あすかちゃん落ち込んでるよ」
そうだった。
「あすかさん、ごめんよ。
でも、きみの様子…どうも大丈夫じゃないみたいだからさ、
提案が、あるんだ」
ここで息継ぎして、
「ちょっと、外に出て話さないか?」
おびえたように顔を上げるあすかさん。
「話すって――瀬戸さん、と、ですか?」
おれは黙ってうなずく。
× × ×
「瀬戸さんと『サシ』で話すのって初めてですっけ?」
「さぁ――どうだろ」
「瀬戸さんとふたりになるのも初めてな気がするんですけど」
「さ、さぁ――どうだろね」
あすかさんはそこらへんの樹の幹にもたれて、
「わたしの挙動がヘンだから、助けてあげたいんですよね」
「そうだよ。
おれだけじゃない、
桜子だって、どうにかしたいって思ってるよ。
加賀は――あいつはどうかわかんないけど。
そ、そうだ、お、岡崎だって、きっと」
彼女は樹にもたれたまま、おれのほうを見ずに、
「なんで岡崎さんの名前出すの遠慮するんですか」
「だってほら、岡崎とギクシャクしてるだろ? きみ」
彼女は視線の向かう先を変えてくれない。
「岡崎は、いいやつだよ」
おれがそう言ったら、彼女は少し困り顔になった。
「それは、わかってるだろ? きみだって」
「わかってるから――苦しいんです」
「苦しいって、なにが」
おれのほうに顔を向けて、少しづつ歩み寄ってくる彼女。
「瀬戸さんには言いたくないですっ」
や、やばいかも。
いろんな意味で、やばいかも。
「瀬戸さん、わたししばらく部活、休んだほうがいいかもしれませんね」
「お、思いつめすぎだよあすかさん。それにきみがいないと新聞が立ち行かなくなる…」
「どうして立ち行かなくなるんですか?」
「だって――貴重な戦力だもの」
「戦力!?」
キレかかったあすかさんが、おれに顔を近づけてきた。
やばい、距離、近い。
「戦力としか思ってくれてなかったの!? わたし瀬戸さんの『駒』だったの!?」
「そこまで言ってないよ、きみが欠けたらダメージがでかいってだけで、」
落ち着いてくれ……頼む。
「わたしもワガママっ子になってるけど、瀬戸さんの優柔不断な態度もヒドいと思う」
「あすかさんっ、からだがあたってるよっ」
「瀬戸さんハッキリ言ってよわたしどうするのがいちばんいいと思うか」
「だっだからからだがあたってるってば、からだが」
「自分ひとりじゃどうしていいかわかんなくなっちゃったよぉ……」
無我夢中で、おれの上半身にしがみついていたが、疲れてきたのか、あえぎはじめて、おれの右肩に手を置いて、なにも喚(わめ)かなくなった。
「――ちょっとは落ち着いた?」
さっきまで胸があたっていたなんて、死んでも言えない。
「――岡崎との『より』を戻すのが、先決だよなあ」
「それができたら苦労しません……」消え入るような声。
ついにおれのからだから距離をとって、
「ごめんなさい、過去最高に取り乱してしまいました。もうこんなことしません。忘れてください」
忘れてくださいと言われても、忘れられない感触が、残ってしまったんですけど。
「きょうはもう帰ります…」
トボトボと去っていくあすかさん。
× × ×
岡崎とあすかさんは、
いいコンビだと思っていた。
でも、ギクシャクしてる。
でも、いいコンビだから、ギクシャクしてるのではないか?
相性がいいから、逆に反発する――?
反発、というより、あすかさんのほうで、一方的に突っぱねてるような気もするけれど。
あすかさんが、ひとりで空回りしてるみたいに。
どうして、あすかさんは、ひとりで空回り状態なんだろうか??
岡崎のこと、過剰に意識して。
過剰に意識――?
まてよ、
過剰に意識。
しかも一方的に。
ってことは。
か、
か、た、お、も、い、
――いや。
この『疑惑』も、心の奥底にしまっておいたほうが、よさそうだ、
あすかさんのからだの感触を、自分だけの絶対の秘密にしておくと共に。
優柔不断と言われようが、デリケートに取り扱うべきものは、デリケートに取り扱わないと、筋が通らないって決まってるのだ、
たぶん。